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「古い考え」と「新しい考え」の融合~Martin Albert博士の講演会から音楽療法の発展を考える~

執筆者:細江弥生  (2015年2月執筆)

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昨年の話(2014年)になりますが、大阪で開かれたMartin Albert博士の講演に参加した時のことをお話したいと思います。Albert博士は失語症治療に関する、ボストン学派の権威です。失語症には、ロシア学派、フランス学派、ボストン学派など、カウンセリングのように様々な学派があるそうですが、ボストン学派が最も知られていると思います。

ボストン学派は、「流暢性」「理解力」「復唱能力」の3点から失語症の種類を、ブローカー、ウェルニッケなど他8タイプに分類する古典派として認識されています。この分類方法は世界中で使われており、リハビリテーション領域で働いている音楽療法士の方なら聞いた事があると思います。面白い事に、この古典分類の概念を考えだしたボストン学派の権威を招待して開かれた講演会のテーマは、なんと「失語症の定義を考え直す」でした。

Albert博士の講演では、「失語症の定義」は大変難しく、結局の所、定義できない事の方が多い、と話されていました。音楽療法でも定義できない事が多いので慣れていた私ですが、今まで「言語療法の領域では分かっている事の方が多い」と思いこんでいた自分に、それは驚きの事実でした。治療に関しても判っていない事が多いそうで、なぜ回復するのか、どうしたらもっと回復するのか・・・「確信できる答えはない」と、博士ははっきりとおっしゃっていました。

前号までのコラムで、本会スタッフ小沼が「音楽療法士のアイデンティティ」で書きていたように(こちらのコラムは有料配信予定です)、専門家はとかく自分の領域を守りたがる傾向もあります。そんな中、失語症の権威とも言われる博士がここまではっきりと「失語症診断と治療のあやふやさ」を断言することに驚きましたが、その理由は後半の講演を聞いた時に判明しました。

博士は3つの質問を聴衆に問いかけていました。1つは、「今までの古い失語症の定義の考え方は必要か?」2つ目は、「これからの失語症の新しい定義の考え方は必要か?」でした。博士の答えは両方の問いに「YES」でした。そして最後の質問は、「古い考え方と新しい考え方の融合は可能か?」というものでしたが、この質問にも博士は「YES」と答えていました。

その理由は、「物事を発展させるためには基準となるような考え方が必要だ。それが今までの古い考え方である。その基準なしに発展はおこらない」というものでした。古いからといって否定するわけではなく、これからの発展を支えていく重要な土台となるものと私は解釈しました。また、博士は今までの固定観念を捨てるように、と、若い人たちに呼びかけ、質問時に「脳の右は・・・脳の左は・・・」という表現を使う人に、はっきりと「まず、右、左で言語領域を考えることをやめてください」と繰り返していました。

博士は “Neural Multifunctionality (神経的多機能)”というアプローチを推奨しており、言語回復のためには言語領域と考えられる脳の分野だけを刺激するのではなく、注意や運動、記憶に感情など様々な機能を同時に刺激することが回復には重要だと説いています。「歌いなさい」「踊りなさい」と、ジェスチャーを交えて聴衆に訴えかけていた博士の姿が記憶に残っています。

博士の講演には、音楽療法においても共通する部分が多いと感じずにはいられませんでした。音楽療法も定義が大変難しく、使い方に関しても不明瞭な部分が多くあります。また、音楽と脳機能の関係について判ってきた事は沢山ありますが、まだまだ未知なことも山のようにあります。今までに判ったことや定義されてきたことは、これからの土台となり重要ではあります。しかし、それに捉われ過ぎず、固定観念を捨てて、「音楽」や「音楽療法」を多方面から発展させていく重要性を再認識しました

とはいえ、私自身「音楽療法のパイオニア」と呼ばれる人達が作り上げてきた考え方をまだしっかり理解していないところがあるな、とも思います。今日の音楽療法を作り上げている土台となる部分もしっかりと学ぶ重要性にも気づかせてくれた講演会でした。

音楽療法かけはしの会ニュースレター
執筆者:細江弥生 校正:小沼愛子 2015年2月


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