【アーカイヴ】第210回/ミンガス『直立猿人』のオリジナル盤とワーナー復刻盤が対決した12月[田中伊佐資]
●12月×日/昨年9月から「ジャズ・アナログ・プレミアム・コレクション」という名目で、アトランティックを中心にジャズの名盤がワーナーミュージック・ジャパンからレコードで復刻されている。
その一環としてテクニクスのパナソニックセンター東京で試聴会が開催された。僕がMCをやらせてもらい、ゲストはこのシリーズを手掛けているMIXER'S LABの菊地功さん(マスタリング)と北村勝敏さん(カッティング)だ。
イベントはテクニクスが催すクリスマス・レコードコンサートのおもむきが強く、試聴室でがっつり聴く感じではなかった。コアなマニアが何人か来てくれたようだけど、オープンなスペースにイスを並べ、通りがかりの人が一息ついてジャズを聴く、そんなムードだった。
そういう場合、いやあジャズって本当にいいものですよね~みたいな水野晴郎的ノリで、多くの人に親しんでもらうのがいいかもしれないが、喋っているほうがそれでは面白くないし、そもそも両エンジニアが揃っていて、制作秘話のような裏話が出ないとマニアに申し訳ない。
それにただ聴いていただけでは、今回のプレスがどれだけ音がいいのかわかりにくい。
前回、銀座山野楽器本店で同じ趣旨のイベントをやったとき『トニー・フラッセラ』の国内盤と今回の盤を聴き比べた。音圧にしても細かい描写にしても、最新盤が圧勝だった。まあ、これは自宅で確認していたので、びっくりするような結果ではなかったが。
終わってから山野楽器のジャズフロア長の神尾孝弥さんが「ミンガスの『直立猿人』も好きなんですけど、オリジナル盤と聴き比べやりたかったですね」とおよそ販売者側とは思えないことようなことを口にしていた。
だいたいにおいてオリジナル盤の音は王様だ。復刻盤がさらにその上へ立つのは容易ではない。だからこの手のレコード会社が主催する、宣伝に重心を置いた会でオリジナル盤をかけるのは御法度である。オリ盤と比べて「なかなか善戦しているな」程度では、お客さんは力強く財布の紐を緩めないものだ。だから山野楽器のときも、国内盤との比較で止めておいた。
しかしパナソニックセンター東京に、僕は『直立猿人』とジョン・ルイス&サッシャ・ディステルの『アフタヌーン・イン・パリ』(仏盤ではなく米盤)のオリジナルを持って行った。
ワーナーのジャズ担当、片野正健さんももちろんその場にいるし、2人のエンジニアもいる。オリ盤がその貫禄を示す音を披露し、復刻盤の影がまるで薄くなったりすると、彼らの顔はつぶれるし、終了してから僕との関係も微妙になるだろう。
それでも小雨が降るなか、りんかい線だかゆりかもめだかに乗ってわざわざ来てくれた人がいるのだ。場所が銀座なら潰しが利くが、ここに来るのは本当にわざわざだ。来た甲斐あったと思わせたい。それともうひとつ、「おいしい」とか「うまい」とかをやたら連発するテレビのグルメ番組と同じで、オーディオやレコードイベントの予定調和ぶりにはうんざりする。会の趣旨が主催者のおもわくと異なろうと、イベントはリアルに行きたい。
後半に差し掛かりタイミングを見計らって『アフタヌーン・イン・パリ』オリジを取り出した。マスタリングの菊地さんは「これは我々に反省しろということですね」とコメントし、笑いをとっている。
ちなみに『直立猿人』もそうだが、今回の復刻盤を僕は持っていないので、自宅で確認していない。どうなるかわからない。
両盤を比べてみたところ、僕の個人的な見解だが、なんと通例に反して復刻盤のほうがよかった。
A-1の「アイ・カヴァー・ザ・ウォーターフロント」 をかけたが、オリジナル盤は冒頭のピアノにモヤがかかり、いかにも古臭い音。50年以上も前のレコードだから、微小なキズや汚れも影響しているだろう。
復刻盤のピアノはしっかりエッジが立って粒立ちがいい。良し悪しというより好みの世界かもしれないが、こちらのほうがジョン・ルイスのやろうとしている音楽がはっきりと伝わってくる。証人(来場者)もいることだし、いまさらワーナーに肩を持つわけではなくて。
これならミンガスもいけるかもしれないと想像した。ワーナーの片野さんに「この勢いで『直立猿人』もやっちゃっていいですか」と壇上からマイクでソデにいる片野さんに声をかけると深くうなずいた。ここで復刻盤が負けても、1勝1敗なのでエンジニアの面目が丸つぶれにはならない。
しかしそんな配慮はまったく無用で、ここでも復刻盤のほうがいい。冒頭のホーン陣のヌケがよく、バンドがひとかたまりになって躍動している。本当に「まさか」だった。
その場では詳しくコメントする時間がなかったが要因はいくつかある。
ひとつには当たり前だが菊地さん、北村さん両エンジニアの腕がいい。MIXER'S LABの評判はほかの関係者からも伝わっていたが、聞きしに勝るものだった。
今回のマスターは米国ワーナーがアナログマスターからアーカイブしているデジタル音源。アナログのマスターテープからダイレクトにカッティングしたものに優るものはないといった意見は強いだろうし、僕も気持ちとしてはそれに同意したい。
だが実際には、デジタルに落とすロスよりも、デジタル領域だからこそ可能になった微細なマスタリングを施すメリットのほうが大きいことがある。まさにそれが当てはまった感じがする。
またシステム、特にカートリッジとの相性も大きい。今回は僕が持参したフェーズメーションのモノカートリッジPP-Monoを使った。50年代プレスよりも最新盤のほうがうまくマッチする。テクニクスの機材は最新鋭だから、なおさら50年代のオリジナル盤にとっては完全アウェイだった。
しかし完全アウェイだろうとなんだろうと、ブルーノートやプレスティッジのオリジの音は、憎たらしいほど無敵だ。やはり録音したルディ・ヴァン・ゲルダーは偉大だったと痛切に感じないわけにはいかない。同じオリジでも50年代のアトランティック・ジャズは、これらのレーベル作品よりも音は数段おとなしめ(良くいえばナチュラル)というのが僕の印象で、キリッとした音の復刻盤は端的なアピールになったのだと思う。
だが本シリーズでリー・コニッツの『インサイド・ハイファイ』はヴァン・ゲルダー録音だ。オリジナル盤と復刻盤の比較は、この盤でやるときっといい勝負になるだろう。残念ながら僕はオリジを持っていないので、結果は不明ですが。
そんなことで本試聴会、次回は2月19日、銀座山野楽器本店にて実施します。『コルトレーン・サウンド』や『バド・パウエル・イン・パリ』などシリーズ第二弾を中心にかける予定です。またガチ対決をやりたいけど、オリジナル盤、誰かお持ちでしょうか。
(2019年1月15日更新)第209回に戻る 第211回に進む
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東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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