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【アーカイヴ】第306回/あぁ、真空管アンプが欲しいなァ[炭山アキラ]

 今、ちょっと面白い偶然が起こっている。他でもない、私も書かせてもらっている音楽之友社の月刊ステレオと音元出版の季刊アナログで、ほぼ同時期に同じ特集が組まれているのだ。真空管アンプである。両方の特集に私も関わらせてもらっているが、同じテーマを掲げてもこの両誌、取り上げる角度が絶妙に違い、読者からしたら非常に多くのポイントから照明が当たったようなもので、とても深い理解を得ることができることになっているのではないかと感じている。

 音楽之友社では、東京は吉祥寺のハードオフ・オーディオサロンをオーディオみじんこ店主・荒川敬さんと一緒に来訪し、店員さんに手当たり次第ワガママをいってそれをかなえてもらうという、まるで王様のような役割を演じさせてもらった。あれもこれも面白そうだから聴かせろ。ヴィンテージの真空管はないのか。レコードしか持ってないからプレーヤーを用意しろなどなど、まぁ散々わがままを言ったが、笑顔で粛々とこなしてくれる店員諸氏には、本当に頭が下がった。

 取材では往年のラックスマンや上杉研究所など、錚々たる逸品の数々を聴いた。それぞれに印象深い音で、オーディオ史へ燦然と輝くだけのことはあると深く認識した次第だが、そういったヴィンテージの世界とはまた別に、大きな印象を残す製品があった。エレキットのTU-8200Rである。

エレキットTU-8200R。同社の真空管アンプはいろいろ聴いているが、
どれも結構音楽を生きいき躍動的に表現する傾向だ。
シンプルな回路構成で、これは多分だがNFBも浅いのではないか。


 TU-8200Rは終段6L6GCシングルのボリューム付きパワーアンプで、パーツの大半を基板へ取り付けて製作できるから、ハンダごてビギナーでも手を出しやすいキットである。初段の12AU7(ECC82)と出力段の6L6の両方に、高信頼のスロバキアJJ社製真空管が付属してくるのも大いにありがたい。


TU-8200R純正装着のスロバキアJJ社製出力管6L6GC。
ヴィンテージ管に比べるといくらか柔らかな質感にも思えるが、
個人的にはよく出回っているロシア管などよりも素性は良いのではないかと思う。

 また、標準が6L6で「アクティブオートバイアス調整機能」が搭載されている(といってもおそらく「自己バイアス」回路の発展形であろう)から、世界の著名5極管と挿し替えて音の違いを楽しむことができる。これも大いなる真空管の楽しみといってよいだろう。実際に取材でも「球転がし」と称して、同店の在庫品及び非売品のヴィンテージ球を結構な数聴いた。詳しくは月刊ステレオ10月号をぜひご参照いただきたい。

TU-8200Rのジャンパーピンは、出力管のすぐ脇、基板上にある。

 さらにこのアンプで面白いのは、組み立て終わって音を出し始めてからでも、基板上のジャンパーピンを差し替える作業のみで、動作を変更させることができることだ。具体的には、6L6に一般的な5極管結合と、3極管と同等の動作をさせる3極管結合、そしてウルトラリニア(UL)結合の3種類である。一般にパワフルな5結、繊細な3結、両者の特徴を兼ね備えたULといわれるが、その音の違いを自分の装置で実地に体験することができるのだから、こんなに面白いこともなかなかない。

 かつて季刊アナログ誌上で、トライオードの大力作MUSASHIとTRZ-300Wを聴き比べたことがある。前者は最新の5極管KT150プッシュプルで100W+100Wを発揮する。まさに現代真空管アンプ技術の精粋といってよいだろう。一方TRZ-300Wは、古典的直熱3極管300Bをパラシングルで動作させ、20W+20Wを発揮する。同社の第1号モデルVP-300BDの構成を引き継いだ最新モデルといってよい。

トライオード「MUSASHI」。猛烈にパワフルで濃厚な音楽を構築する、
ある意味度外れた実力を持つアンプだが、残念ながら私の好みには合わなかった。
絶対的にはとてつもないアンプだと重々認識しているのだが……。

 福田雅光氏や小原由夫氏はMUSASHIを絶賛されていて、私も同機は真空管の枠を大きく超える大傑作だと重々認識しているが、それでも両モデルを聴き比べた際には、「あぁ、3極管はいいなぁ」とつぶやきが漏れることとなった。あくまで個人的な話で恐縮だが、私はどうも3極管の音にフラフラと引き寄せられてしまう傾向があるようである。昔、ほんの短期間使った6CA7(EL34)シングル3結パワーアンプの音が忘れられないのかもしれない。現に件の「球転がし」でも、私の耳にはナショナル製の6CA7が最も耳に心地良く響いた。ヒヨコの"刷り込み"みたいなものでもあろうか。

 といったような次第で、もしTU-8200Rを入手して自分で組み立てたなら、もちろん私もいろいろ実験はするだろうが、探してナショナルかシーメンスあたりの6CA7を入れ、3結で鳴らすことになるだろうなという気がひしひしとしている。

MUSASHIとほぼ同時期にほぼ同様の物量、価格で発売されたTRZ-300W。
これを聴いた瞬間、「あぁ、俺はやっぱり3極管が好きなんだな」としみじみ納得がいった。
パワーや厚みは明らかにMUSASHIが勝るのだが、こちらのスーッと風が吹き抜けるような音、
爽やかでハイスピードな質感に、すっかり魅了されてしまった。

 そんな私にとって"大好物!"といってよさそうなアンプの試聴依頼が舞い込んできたのは、アナログ誌からだった。例の真空管アンプ特集で、試聴室レファレンスでは鳴らせないアンプがあるというではないか。山本音響工芸のA-08Sは、RCAの名3極管45を出力管に用いたシングル・パワーアンプで、整流管には同社80、初段管は何とウェスタン・エレクトリックの717Aが搭載されている。もちろんすべてヴィンテージ管である。

山本音響工芸A-08S。何とも美しい外観にそれをさらに上回ろうかという
美麗サウンドが持ち味のアンプである。
こちらも優れた3極管ならではの抜けの良さと瑞々しさを有しており、
たったの1.5W+1.5WがBHを悠然、朗々と鳴らすさまは、にわかに信じられないくらいである。

 問題は、この45という球がシングルでは1.5W程度しか発揮させられないことだ。山本音響工芸はスピーカーも発売していて、大口径の平面バッフルや後面開放型もあり、それらを組み合わせれば1.5+1.5Wでもほぼ痛痒なく音楽を楽しむことができるが、現代スピーカーの能率ではすぐにクリップしてしまうのだ。そこで、わが家のバックロードーホーン(BH)なら高能率ではないか、と編集子が連絡をくれた次第である。

 わが家の絶対レファレンス「ハシビロコウ」は、能率100dB/W/mを楽にクリアしている。一般的な現代スピーカーが87dB、ハシビロコウが100dBと仮定すると、後者の1.5Wは前者の40Wにも相当する。これだけあれば、先日出したムック「オーディオ超絶音源探検隊」の付録CDへ収録された戦車砲などの変態音源を除けば、大半の音楽を楽に鳴らすことが可能だ。

 ちなみに、あの戦車砲音源はハシビロコウの100dB超にして200W近くブチ込んでやらないと実体感が弱い。一体何という恐ろしい音源だと、鳴らすたびに実は本人が一番肝を冷やしている。
 誌面でも述べたが、私は常々「真空管アンプとBHは相性が良くない」と述べてきた。しかし3極管アンプ、なかんずくNFBの浅い製品なら、ごく何ということもなくBHを駆動してしまうことも多い。A-08Sはごくシンプルな構成のノンNFB回路だから、これならまず問題あるまいと試聴を引き受けた次第である。

 やってきたA-08Sをつなぎ、出てきた音は事前の想像を遥かに上回るものだった。詳しくは誌面をご参照いただきたいが、もう心臓わしづかみ、音楽に金縛りである。

 プライスタグを見ればこのアンプ、完成品でも24万8,000円、キットなら18万8,000円というではないか(ともに税別)。あの美麗極まる木工&金属工作の結晶で、すべてヴィンテージ管が付属しての価格というから、これはもう「お買い得」などという生易しい言葉で語るべきものではない。とんでもない「価格破壊真空管アンプ」なのではないかと思う。

 ならば炭山はこっちを購入するのかといえば、残念ながらこちらどころか、TU-8200Rの予算計画だってそう簡単には立たない貧乏暮らしである。それに、A-08Sはあまりに美麗すぎて、雑然としたわが家リスニングルームにはどうにもそぐわせられそうにない。それにしても、こんなに返却したくなくなったコンポーネントは久しぶりである。

 もう一つ、ステレオ誌を読んでいて目が離せなくなった製品がある。共立電子ワンダーピュアが開発・発売したSE-70THである。使用真空管は6BM8(ECL82)で、これは3極管と5極管が1本に収まった複合管だから、「単管アンプ」を構成することができる。しかもこの製品は、出力段の5極管部分を何と3結で用い、しかもノンNFBというではないか。奇しくも山本音響工芸と同じ出力1.5W+1.5Wだから、ハシビロコウなら何の問題もなく鳴らせるだろう。非常に美麗なケースへ収められ、入出力端子も一級品、電源も3Pインレット式になっており、"オーディオ機器"としてもしっかり煮詰められている。価格も6万3,800円と結構手頃だ。

共立電子ワンダーピュアSE-70TH。凝ったケースだけで数万円はかかろうかという、
こちらも素晴らしくお買い得なキットである。共立電子とは付き合いがあるから、
先方に貸し出し用の個体があるなら一度借り出してテストしてみたいと思っている。

 誌面では、リポーターの生形三郎氏が言外にナローレンジでソフトと匂わされているようにも読めるが、まぁナローなのは小型のトランスを使っていることもあるし、ある程度致し方ない。もう少しキリッとした音が出そうな気もするのだが、この辺は例えば標準装着のエレクトロ・ハーモニックス製6BM8を、有名な東芝やナショナル製のものへ交換してやると、再現が大きく変わる可能性もある。結構素性の良い個体ではないかと思うのだ。

SE-70THに純正装着の米エレクトロ・ハーモニクス製6BM8。
ブランドはアメリカだが製造はロシアのようである。6BM8もいろいろな会社が作っていたから、もし当該のアンプを入手することになったら、いろいろ探して遊んでみたいものだ。

 この個体で唯一の問題といえば、球転がしが6BM8以外できないということに尽きよう。そういう意味ではTU-8200Rの方がいろいろ楽しめて面白い。6L6のヴィンテージ管も面白いし、KT88、KT66、6550、6CA7などなど、挿し替えの利く5極管は世界中に山ほどある。また、初段管の12AU7も、転がせる球はいくらでも存在している。こんなに楽しいオーディオの世界もそうはないといえるだろう。
 ただし、TU-8200Rで球転がしする際には、KT120に要注意とか。同管はヒーター電流が通常の管より大きく、アンプに負担がかかるから長時間の使用は避けた方がよいとのことである。
 話がだいぶ反れていってしまった。SE-70THに話を戻す。といっても余談ながら、生形さんはあの広い音楽之友社試聴室でJBLの4312Gを使って試聴されたそうだ。あのスピーカーは現代製品としては高能率というべきだが、それでも90dB/W/mしかない。いや、"しか"といってはJBLに失礼だが、ハシビロコウの100dB超とは比べ物にならない。わが家は部屋もずっと狭いしね。それで1.5W+1.5Wを試聴されたのだから、さぞ大変だったことであろうと推察するばかりである。

 というような次第で、ここ2~3カ月は真空管アンプで大いに楽しい時間を過ごさせてもらった。物欲も大いにかき立てられたが、まぁそう一朝一夕に予算が立つわけもないから、少々長期戦で構えようと思っている。そのうち「真空管アンプ用スピーカー」なんてものも設計したいし、どのみち1台何か入れなければならないから、少々現実的に考えていかねばなと思っている。


(2021年10月8日更新) 第305回に戻る 第307回に進む 


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。


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