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全音ピアノピースの難易度に物申す

 全音ピースとは、全音楽譜出版社から、一曲ずつ出版されている楽譜である。大抵どこの楽譜店にも置いてあり、一曲¥500程度から購入出来る。必要な曲のみ購入したい場合、大変便利である。本格的に勉強する場合、ソナタを一冊購入したり、原典版を買い求めたりするのが普通だと思うが、気軽に一曲弾いてみたい、という音楽愛好家のニーズを満たしている。楽譜の紙は比較的厚く、すぐにはボロボロにならないところも良い。

 全音楽譜出版社は、主にクラシックを扱う保守的な楽譜出版社であり、長年その堅物さを貫いている。この出版社は大昔から、クラシックピアノにおける難易度を、教本別に区分けしているが、これが元になって様々な誤解、思い込みが生まれているように思う。全音から出版されている教本の最終項には、難易度別一覧表が掲載されているが、これはあくまで、この出版社が考えるところの分類である。必要以上に拘ると、可能性が狭まり、楽しめるはずのものも楽しめなくなる。

 そして、全音ピアノピースの難易度一覧も、度々、多くのピアノ奏者によって、これは当てにならないのではないか、と疑われている。そもそも何を元にして難易度を決めているのかよく分からない。曲の長さ、テクニック、表現力、譜読みの複雑さなど、難易度には様々な要素が関わるが、これらを総合して考えたとしても、やはり、納得いかないカテゴライズが多々ある。

 もちろん全ての曲を弾いた訳ではないし、全てに目を通した訳でもない。しかし、仕事のためを含め、相当数弾いたのは確かで、意見するに足るのではないかと思う。さらに、実際生徒とのレッスンで使用した曲も多々あり、やはり一般的に言っても、難易度表示が的確ではないように感じる。


 まずA~F(Fが最上級)に分類されている曲のうち、Aに対応するものに関しては、ほぼ異論はない。易しいテクニック、短めの小品が多く、コンクールなどではなく、一般の小学生が発表会で弾くようなピアノ曲が揃っている。ただし近現代曲は極めて少なく、少々面白みに欠ける。また、A分類で、オクターブが出てくる曲は少ないため、初級者の大人にはあまり向かないかと思う。大人ならB以上がおすすめ。

 続いてBに分類されている曲。こちらも大きく外れているものはあまり見当たらないが、例えばモーツァルトの「トルコ行進曲」が初級の範疇であるかどうかは微妙なところ。元々全音楽譜出版社の教本は、まずは古典、それからロマン派、という順に習得するよう仕組まれているので、どうしても古典作品は難易度低め、ロマン派作品は難易度高めに分類してしまうようである。音域が狭く、小さい手でも弾けるモーツァルト作品は、ともすると年少学習者が弾く練習曲扱いのソナタといったイメージになりがちだが、あの魅力的な軽やかさを表現するには、余裕のあるテクニックが必要なのだ。自分の能力の50%以下で弾けるくらい熟達してからでないと、モーツァルトを魅力的に弾くのは難しいように思う。

 Cに分類される曲辺りから、疑問が多くなってくる。個人的に疑問を感じる有名曲を列挙してみる。

 ドビュッシー「月の光」。C に分類されているこの曲は、聞いた印象ほど簡単でも単純でもない。最低でもDが妥当。読譜力も要求されるし、繊細なテクニックのコントロール、左右のコンビネーション、熟達した柔軟性などが必要で、ただ楽譜をなぞっても、曲として成立しない。同様にドビュッシー「ゴリウォーグのケークウォーク」もB分類だが、もう少し難易度は高いように思われる。全音楽譜出版社の弱点は、近現代曲の研究が足りていないところである。

 ショパン「雨だれ前奏曲」。この曲はE分類だが、Bで十分だと思う。ショパンだからと言って、何でも難しい訳ではない。例え相応の表現力が必要だという主張を考慮したとしても、他の部分が易しいので、総合的に考えれば中級レベル以下で十分可能。何をどう考えたって、リストの「ラ・カンパネラ」と同じEレベルとは思えない。

 ベートーヴェン「悲愴ソナタ」。D分類だが、他の曲とのバランスと考えると、もう少し上にしないと釣り合いが取れないように思う。同じくDの、ショパン「華麗なる大円舞曲」や、シューベルト「即興曲Op.90-2」と比較して難易度が上なのは確実である。そもそも全楽章通してソナタを弾く訳だから、当然ながら、譜読みの労力、それぞれの楽章の的確な弾き分け(例えば2楽章はロマン派的だが、3楽章は古典的)、それに対応するテクニックなど、より多くの事柄が要求される。ここにも、古典作品は難易度低めにする出版社の意向が表れているように思う。しかし同じベートーヴェンソナタでも、「ワルトシュタイン」や「熱情」はFに分類されており、これらは妥当だと思う。

 リスト「コンソレーション 第3番」。D分類だが、Bで十分だと思う。リストだからといって、全部が難しい訳ではない。同じくD分類の、ドビュッシー「グラナダの夕べ」やベートーヴェン「悲愴ソナタ」と難易度を比べてみると、この不可解さが際立つ。

 ショパン作品。こちらは全般的に難易度が高くなり過ぎている傾向があるが、要求されるレベルが異なるのに、一緒くたにFに分類されているのがおかしい。「舟歌」「英雄ポロネーズ」をFに分類するからには、「革命」はFではなくEだろう。そうすれば「別れの曲」はD辺りだろうし、「ノクターンOp.9-2」はCで可能だと思う。ショパン作品にだって、難易度の幅があるのだ。

 ジョプリン「エンターテイナー」。D分類だが、Bで十分可能な気がする。手の大きさと跳躍能力があれば、あとは大して難しくない。

 チャイコフスキー「花のワルツ」。オーケストラからの編曲版であるが、この曲は派手な割に、テクニックはそれ程難しくない。E分類になっているが、Cで十分だと思う。

 以下、個人の独断と経験に基づき、全音の分類に同意出来かねる、有名曲の難易度を示してみる。個人的意見として、CとDの間に少し飛躍があるように思う。Cまでは、練習すれば誰でもそれなりに到達出来るレベル。そこから先は、闇雲に練習するだけではちょっと難しく、意識してテクニックを身につけないと弾けない、という意味だ。


ジョプリン「エンターテイナー」B

リスト「コンソレーション 第3番」B

ショパン「雨だれ前奏曲」B

ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」B

ショパン「華麗なる大円舞曲」C

ショパン「ノクターンOp.9-2」C

シューベルト「即興曲Op.90-2」C

チャイコフスキー「花のワルツ」C

ドビュッシー「ゴリウォーグのケークウォーク」C

ガーシュイン「アイ・ガット・リズム」C

ドビュッシー「月の光」D

ショパン「別れの曲」D

ショパン「黒鍵のエチュード」D

ショパン「軍隊ポロネーズ」D

ベートーヴェン「悲愴ソナタ」E(全楽章通して弾くという意味)

ショパン「革命」E


 最後に、全音ピアノピースには入っていない曲に、同じように難易度をつけてみる。実際弾き、レッスンでも使った感覚を元にカテゴライズしてみた。演奏会で取り上げられる頻度が多いもの、コンクールで使われ易いもの、有名なもの、人気のあるものを選んだ。子どもから大人まで使用可能。


ギロック「雨の日のふんすい」A・・・この曲は、手の小さい初級者が弾くための様々な工夫がなされている。初級レベルで、これだけ曲想豊かな曲を作り上げたギロックの教育的情熱を感じる。発表会などでよく使われる。左右のコンビネーションで弾くため、見た目ほどテクニックは必要ない。

ギロック「ワルツ・エチュード」C・・・コンクールレベルの小学生向き。速いテンポで完成させるなら、初級の範囲では少し難しいと思う。抒情的な中間部があるため、表現力も必要。テクニックも使う。まさにコンクール曲。

湯山昭「バウムクーヘン」B・・・このレベルで弾ける近現代曲として、非常に優れている。レッスンのマテリアルとしても、弾き映えする演奏会曲としても素晴らしい。奇を衒っている部分はないが、魅力的に移り変わっていき、弾いても聴いても飽きない。テクニックも表現力もバランスよく必要で、子どもから大人まで、人気曲であるのも納得。

平吉毅州「チューリップのラインダンス」A・・・年少の生徒に人気。弾き映えするので、コンクール、発表会などでの使用頻度も高い。初級レベルで弾けるが、リズムがきっちり取れることが前提なので、そこを見極めた方が良い。

シベリウス「樅の木」B・・・深みのある曲で、弾き映えする。表現力が必須なので、どちらかというと大人に向いている。中間部は技巧的に聞こえるが、左右のコンビネーションで弾くため、それ程テクニックは必要ない。

ナザレ「フォン・フォン」C・・・ナザレは魅力的な小品を多く残している。中でもこの曲はスピード感と哀愁が融合され、弾き映えする。他の作品も、B、Cレベルで弾けるものがほとんど。舘野泉氏がナザレ作品の録音を残しているが、あまり日本で弾かれない作曲家なので、人と被らない選曲をしたい時に良いかもしれない。

ショパン「ワルツOp.69-1」B・・・ゆったりしたワルツであり、テクニックもそれ程必要ないので、有名なショパン曲を弾きたい、というような場合におすすめ。表現力が要求されるので、どちらかというと大人向き。

サティ「ジムのペディ第1番」B・・・サティの世界観が理解できさえすれば、テクニックは要求されない。変わり種、大人向き。3番まで続けて弾くも良し。技巧的な音の洪水の合間に、こんな曲を弾いたら、絶大なインパクトがあるはず。

 *「3つのジムのペディ」は全音ピアノピースから出されているようである。調査不足で申し訳ない。

カプースチン「8つの演奏会用エチュード」E・・・今のところ#1、#3、#6しか弾いてないが、おそらく全体的にこの難易度。上級者でも完成までに練習を要する。また手の大きさも必要。近現代曲の譜読みに慣れていない場合、さらに大変かと思われる。カプースチン作品には、運指が細かく指示されており、それを使うと驚く程弾き易いので、勝手に自己流運指にしない方が良い。

カプースチン「変奏曲Op.41」F・・・ジャズ要素の強い大変魅力的な曲だが、完成させるのは楽ではない。変奏曲のため、繰り返しがないので読譜量が多い。テクニカルな部分から抒情的な部分まで幅広い曲想を持ち、テクニック、リズム感、表現力全て必要。一度演奏会で弾いたことがあるが、1ヶ月練習した。

ラフマニノフ「ヴォカリーズ」B〜E・・・オリジナルはピアノソロ曲ではないが、ソロ版の編曲が多数存在する。自分が所有しているのはコチシュ編のものだが、最後の1ページの難易度がとんでもなく高い。深みのある切ないメロディが、大人向け。

ピアソラ「リベルタンゴ」C〜E・・・オリジナルはピアノ曲ではないため、様々な編曲が存在する。スピード感が必須なので、キレの良いテクニックを持つ人向け。弾き映えするし、クラシックに興味がない人にも万人受けするので、ウケが良い曲を弾きたい場合おすすめ。


 以上、選曲の参考などになれば幸いだ。




 

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