音大生が”新型コロナウイルスの脅威”を乗り越えるために。今だからこそ考えてみたいコト|洗足学園音楽大学 学部長インタビュー
4月になっても全く訪れない、新年度感。
僕が通っている洗足学園音楽大学(大学院)では4月に授業は開始せず、校内へも立ち入り禁止となりました。音大生に限らず、どんな学校に通っている学生も今は「学校に行きたい」という思いで一杯かと思います。
昨今の新型コロナウイルスの影響で教育業界を始めとしたさまざまな業界が非常に苦しい思いを強いられている中、自分に何ができるのか。そして僕たち音大生はこの状況をどう捉えて行動したらいいのか、そんなことをずっと考えていました。
「学費はどうなるのか」「本当に5月から授業が始まるのか」「Wi-FI環境がないからオンライン授業無理そう」
SNSを見ると、こういった声をよく目にします。他大学を見ると学費減免に向けた学生の署名活動などを行っている団体も見かけましたが、まず僕たち学生が知るべきなのは「学生の見えないところで学校側や先生方はどういった未来に向かって動いてくださっているのか」ということだと思うのです。そして逆に先生方に伝えたいのは「僕たち学生が本当に困っている部分はどこか」ということなんです。
誰しもが現状の“先行きの見えない不安”を誰かのせいにしたくなる気持ちはあるのかもしれません。しかしお互いの声に耳を傾けて、一緒に物事を考えてみてからでもきっと遅くはないはず。
そんな思いから、今回の企画は実現しました。
はじめに:今回の企画について(※必読)
この記事は洗足学園音楽大学の学部長であり、大学院の研究科長である小嶋貴文先生にビデオインタビューのご協力をいただいた記事となります。
企画のキッカケは、小嶋先生が学生用のポータルサイトに「聞きたいことや不安なことがあればこちらに連絡をください」と、学生へのメッセージと共に自身のメールアドレスを残されていたところから始まりました。
実際に自分としても学校の今後について聞いてみたいことがあったので、「じゃあまとめてみんなの分も聞いた方がいいのでは……」と思い、上記のツイートを投稿。すると新1年生から卒業生まで多くの方から反応をいただき、同時に多くの質問も預からせていただきました。
そのため記事の中で洗足学園の学生からの質問に対して小嶋先生にお答えいただいている部分がありますが、今回の内容は結論の話ではなく主に”現状”の話であるという点を予めご理解いただけますと幸いです。(※今回のインタビューは2020年4月27日(月)にGoogle meetにて実施致しました。現在の状況と少し異なる点があるかもしれませんが、インタビュー時点での内容をお伝えできればと考えております。)
音楽大学の動向について
ーー小嶋先生、本日はよろしくお願いいたします。早速ですが4月に入って約1ヶ月ほど経ちましたが、学生の間でもさまざまな不安な声が挙がっております。
先生方は一刻も早く学習環境を整えられるようにご尽力いただいていると思いますが、まずは音楽大学がどういった方向に向かって動いているのかを伺えたらと思います。
小嶋先生(以下、小嶋): まず、意見を伝えてくれた学生たちへ、感謝の気持ちを伝えたいと思います。自分のデスクに座っているときよりも、学生がどんなことに困っているのか非常に具体的にわかりました。
さて、まず皆さんが心配なさっている前期の授業ですが、現状では緊急事態宣言が5月に解除されたとしても通常通りのレッスンや授業を行うことは難しいと考えています。
みなさんが一斉に学校に来てしまったら、どうしても“密の状態”ができてしまいますよね? たとえ緊急事態宣言が解除されたとしても新型コロナウイルスの脅威がなくなるわけではないから、安全面という意味でもすぐには学校を開けることはできないんですね。
しかし自分としては、1日でも早く学校を開けたいとは思っているんです。なので緊急事態宣言が解除され少しでも落ち着き始めたら、部分的にでも学校を開けて、レッスンや練習だけでもできるようにしたいと強く思っています。
ーーそうなんですね。やはりどういった状況に向かうか読めないこともあり、その都度最善だと思える判断をしていくといったところでしょうか。
小嶋: はい。なので世の中の状況を見ながらそのときにできる最良の方法を柔軟に考えるというのが、私達教員のスタンスなんです。
ただね、不幸にしてこの状況が長く続くようなことになったら、そのときはさすがに考えなくてはならないけど、現状では9月頃にはなんとかなるのではないかということに期待して動いているといった状況です。
学生からの質問①:授業はちゃんと始まるのでしょうか
ーーそれではここから、自分がTwitterにて預かった内容についていくつかお聞きできればと思います。まずは授業についてですが、もし緊急事態宣言の期間が長引くことがあった場合、授業の開始も後ろ倒しになる可能性はあるのでしょうか?
小嶋: 既に学生用のポータルサイトにも配信されておりますが、授業に関してはどのような形であれ5月11日から開始致します。もちろん対面での授業は行えませんが、100%がWeb上での講義となったとしてもスタートさせるつもりです。
ーー後ろ倒しになることはないということなんですね。ただ、オンラインでの授業に関しては不安な声も多く耳にしますが……。
小嶋: 今は世界的にもWebを使った遠隔授業やレッスンの導入が進められていて、アメリカや中国の音楽大学での導入を目にしたことがあります。しかしポイントは、皆さんが心配するように音楽の授業・レッスンがWebでできるの?ってところだと思います。特にアンサンブルやオーケストラ、吹奏楽なんかはどうすんのよって話ですよね。
学生からの質問②:オンライン授業の質が心配です
ーーそうですね。やはり自分も全てが一度にオンライン化したときのイメージはまだ想像できなく、実際に対面の方が授業もレッスンも効果的に受講できるのではないかと考えてしまうところはあります。
小嶋: 最初から言ってしまうけど、Webでの授業は対面の授業で得られる内容の多くのことが失われます。たとえば“音色“、これは今の技術ではオンラインで伝えられません。そして、アンサンブルなども対面で行ったときと同じ満足度を得ることはできませんね。その辺りは失われるものとして、今後できるようになるまで後回しにするしかないんです。
そこでWebだからこそ得られるものってなんだろうって考えてみる。不自由な状況ではできないことに目を向けてしまいがちだけど「“今”しかやれないことをやってみる。そして今だからこそできることを試してみる」という方向で先生方も考えてくださっています。
ーーやっぱり、対面でできる多くのことは失われてしまいますよね。だけどそれを受け止めた上で、今だからこそ存在する“学びの価値”を探してみるということでしょうか。
小嶋: そうなんです。だけど実際にWebで何が得られるのかは、やってみるまではわからない部分があるのも確かです。
しかし、たとえば前期の間は譜読みや曲の構造の理解に一層の時間をかける。そして作曲家に関しての知識を増やし、作品の時代背景を深く理解する。そして、いつもならテクニックの上達を目指して練習に多くの時間をかけていると思いますが、それを“聴く”ことにエネルギーをかけるようシフトしてみる。
また、アンサンブルだったらスコアを研究したり自分以外のパートに意識を向けてみたり。コンチェルトだったらオーケストラに関する理解を深めたり……。
今話したようなことって、実は普段から時間をかけてやって欲しいことなんです。自分もそうでしたが、学生時代は練習したい、人と合わせたいという気持ちが強くて、立ち止まってこういったことをじっくり研究しようという気持ちになれなかったことを覚えています。この不自由な3ヵ月に集中してやってみるというのは、いいチャンスではないですか。
今言ったことを全力で頑張ってみると、いざ対面で学べる環境が整ったときに自分の変化がものすごく大きいことに気づくと思います。さまざまな制約があり、心が折れそうになる中で、音楽を集中して“聴く”ことも、普段より時間のある今だからこそできることの一つなのではないかと思います。
ーー音大生にとって練習や本番に追われない日々、というのもある意味貴重かなと感じました。それが決していいと言える状況ではありませんが、この制約のある状況だからこそ目を向けてみたいことは確かにあるような気がします。
小嶋: そしてその上で私たちはこの約3ヶ月間、音楽大学を出て社会に出る学生の経験・知識として、絶対にやってみて損がないことを伝えようとしています。もちろんWebだからこそ苦労する部分も多くあると思いますが、先生方もこの不自由さを逆手にとって、違う角度から自分の音楽を学生に伝えようと工夫してくださっています。まずはWebを通して先生方が伝えようと思っていることを受け止めてみてください。と言うのが私からのお願いです。
ーーそのような想いで準備を進められていたのですね。さきほど5月11日から授業が始まると仰っていましたが、レッスンも授業も毎週決まった時間で進めるといった形になるのでしょうか。また、楽器がない人や家で演奏できない人は自宅でレッスンを受講することが難しいと思うのですが、その辺りのお話を伺えたらと思います。
小嶋: 授業に関して、双方向で行う場合は時間割で決められた時間に実施します。双方向の必要がない場合は、適宜課題や資料が送られてきて、それを後で提出ということになります。
それからレッスンを受ける際の自宅の音楽環境ですが、音が出せないとか大型楽器で自宅に楽器がないなど、困難なこともたくさんあると思います。これに関してはそれぞれの状況による部分もあり、すぐに改善できる方法はありませんのでレッスンの先生とよく相談して、できることから始めてください。
実際に音を出してレッスンをできない悔しさは先生も同じです。実際に演奏するのは身体ですが、指示を出すのは脳です。表現したいという強い思いと、表現したいイメージを明確にすることが大切です。焦る気持ちはわかりますが、この時期を無駄にしないでください。
学生からの質問③:Wi-Fi環境がない人はどうしたら…
ーー自宅にWi-Fi環境がないという方も多く見られました。オンラインで授業が行われることが決まっている現在、そういった学生への対応は何か決まっているのでしょうか。
小嶋: WiFi環境がなくても、現在大手3社キャリアでは25歳以下の学生・子どもを対象に50GBを上限として、通信データ容量の追加購入費を無料にする(参照:日経経済新聞)といった動きがあるんです。さらにはUQ mobileを始めとした格安SIM各社も、25歳以下のユーザーを対象にデータ通信容量の追加にかかる料金を一部無償化(参照:IT media mobile)とするそうなので、自分のスマホの通信量を確認してみてください。
ーー50GBまで追加購入費が無料!? これは自分も知りませんでした。
もしかしたら他にも知らない学生がいるかもしれませんね。現在学生用のポータルサイトでは自宅の通信環境についてのアンケートを行っているため、環境面から自宅での受講が難しい学生には何かしらの対応も考えてはいるんです。みんなアンケートに答えてくれると非常に助かります。
学生からの質問④:学費・施設費は変化するのでしょうか
ーー単刀直入にお聞きします。図書館や練習室が4月一杯は使用できませんでしたが、後期の学費納入のタイミングで施設費などが減額になることは可能性としてあるのでしょうか。
小嶋: 施設費についてですが、これは施設利用費というわけではないのです。
ーーつまり、施設の“維持費“といった側面が強いということでしょうか?
小嶋: そうです。使っていれば施設は傷んでいきますから、メンテナンスに費用がかかります。実は学校が閉鎖になっている4月もメンテナンスは発生しています。
「施設を全然使っていないのにそれはどうしてくれるんだ」っていう思いがあるかもしれませんが、施設費に関してはそういった一面があると思っていただけたらと思います。
ーー大きく捉えると“施設費”はそういった認識なんですね。では授業料・施設費は、これまでと同様の額をお支払いするという形になるのでしょうか?
小嶋: 原則、そうですね。先ほど言ったようなスタンスで学校は施設を維持し、教育活動の準備をしています。ただ、ニュースなどでも取り上げられているように、授業料やWeb授業への準備費用などについて、各大学や政府でも検討が始まっているようです。ですからこの件については、新型コロナの問題がどのようになっていくかによって変わってくるのではないでしょうか。
学生からの質問⑤:中止になった演奏会の対応が気になります
ーー演奏会についての質問も多くありました。前期の演奏会はほとんど中止決定となったと思うのですが、その演奏機会は後期などのタイミングで補填されることはあるのでしょうか。
小嶋: そうしてあげたい気持ちは山々なんだけど、既に後期の演奏会は決まっているということもあり……。ただ、学校を開けられる状況になったら大きな教室や施設を使って演奏会のように映像を撮影し、Youtubeに配信するなんてことはできるかもしれません。
ーーたとえば今後中止になった公演の代わりにオンライン配信を学生側で行う場合は、学校側で何か支援していただけることもあるのでしょうか。
小嶋: この状況が落ち着けば、空いている教室を使ってそういった活動を実施することはできるようになると思います。
教員としては「本番と同じ形の演奏を学生に経験させたい」という気持ちが強いので、新型コロナが落ち着いて空き会場がある状況になればできる限りのことはします。先生方だってやりたいっておっしゃるに決まってますしね。
音大生がこのピンチを乗り越えるために…
ーー最後に、音大生がこのピンチをどう捉え、乗り越えていけばいいのか。そしてこの状況をネガティブな側面で捉えるだけではなく、どんな気持ちで今を生きていけばいいのか。小嶋先生の考えを聞かせてください。
小嶋: 教育面で考えるとこの状況を学生時代に経験した人と、そうでない人とではものの見方が変わってくると思います。若い人は敏感だから、こういう時期にいろんなことを感じることができると思うんです。悔しさとか、思いやりとか、不満。それから憤りもいっぱいでてくると思う。だけどそれが自分の中での”表現“をするための大きなエネルギー(武器)になっていくのではないでしょうか。
この状況は不幸なことでもあるし、苦しいし、不自由だし、デメリットばかりなのかもしれないけど、ここはさきほどから言ったようなことを踏まえて「どう乗り越える」かによって、そのあとの人生に大きな影響があるとも感じます。
ーーもし新型コロナウイルスがなかったら。そう考えてみると、確かに今の状況だからこそ生まれた見方や感じ方もあるように感じます。まさに今回の企画も、この状況だからこそ思いついたアイデアでもありました。
小嶋: 衛生に対する考え方、家族に対する考え方、そして極端なことを言えばあっという間に日常がなくなるかもしれない不安。さらにはずっと続くと信じていたものが続かないかもしれない恐怖。それを経験した前と後では、人の生き方や考え方は大きく変わると思います。
ピンチをどう捉えるか。それはピンチをチャンスにできなくたって、ピンチを無駄にしないくらいの感じでいいんじゃないかと思います。転んでもただで起きない、と言いますか。「何かは損しないでいこうぜ!」ってぐらいのパワー、とでも言いますか。
ーーチャンスに変えるとまではいかなくとも、どれだけ“今の時期を無駄にしない”か。正直、チャンスというほど前向きにはなれない今の状況にしっくりくる言葉な気がします。
小嶋: 今はある種の緊張状態の中で皆さんの心がナイーブになっているので、いつもの音楽が違って聞こえたり、いつもの本を違った解釈で読めたり……そんな心の繊細さに触れることが起きてくるんです。だからそれを無駄にするのも、もったいない。
もしかしたらこの状況によって音楽や思想、そして芸術そのものも変わっていくかもしれません。誰もが今を生きることに必死な世の中だけど、学生たちには自分を見失わずにアフターコロナに生き延びられるような音楽家でいてほしいなと思っています。
インタビューを終えてみて
学生が少しでも早く整った環境で音楽を学べるように、できることは全てやっていく。小嶋先生の数々の言葉からは、そんな先生方の熱い想いのようなものを感じました。
先生も学生も、みんなが辛い思いをしている今。
話を聞いてみると、先生だけが頑張るとか生徒だけが頑張るとか、そういうことではない気がしました。みんなが苦しいからこそ、辛い現実を受け止めた上でいかにこの期間を無駄にしないか。そして既に起きたことをなかったことにはできないから、無理に未来に向かおうとはせずに“今“をひとつずつ消化していくことから始めてみると、いざ振り返ってみたときに自分が前に進んでいたことに気づくのかなと感じました。
とはいえ、それでも消化し切れない想いがある方もいらっしゃると思います。
そんな学生に向けて、小嶋先生は以下の言葉を残されました。
「愚痴とか不満は、言ってもいいんです。僕だって愚痴もあるし、不満もあるもの。それを自分の中で溜め込んでると体を壊しちゃうからね。
ただ、今回の状況は、誰かに責任を負わせることはできないし、誰かを責めても解決しません。是非前向きに頑張ってください。
ポータルに僕のアドレスが載っているので、学校のことで話したいことがあったらいつでも連絡をください。
一緒に考えてこの状況を乗り切りたいと思っています。」
また、Twitterにていただいていた質問で今回記事に載せることができなかった内容につきましては、個別にDMにて返信させていただきますので少々お待ちいただけたらと思います。
最後に、今回の企画にご協力いただいた小嶋先生。そして多くのメッセージを届けてくださった洗足学園の皆さま。ご協力いただき本当に有難うございました!
洗足学園の学生のみならず、この記事が多くの音大生の目に触れ、何かの気づきにつながる内容となっておりましたら嬉しい限りです。
(※冒頭にも書きましたが、今回のインタビューは2020年4月27日(月)に行われたもので、現状の小嶋先生のお考えが中心となったインタビューとなっております。そのため今後の学校の動きには変化が生じる可能性もあり、あくまで“インタビュー時点でどんな方向に向かって学校側が動いていたのか”といった目線でご理解いただけますと幸いです。)