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#94 トリー・ケリー『TORI.』

鈴木さんへ

 私もレニー・クラヴィッツのこの新作が今のお気に入りになっています。ご本人も70年代、80年代の影響が反映されている、と語っていますが、まさにその感じがいいんですよね。あれ、プリンスっぽいなとか、そう思いながら聴く至福。やっぱりカッコいいです。
 ところで、問題のMVですが、監督は若い女性です。若い女性から見ると、還暦を迎えたとは言え、鍛えぬいた体と彼の色気をセックスシンボルとして描きたいと思ってしまうんじゃないですかね。タオルひらひらは、監督か、本人のアイディアかは、わかりませんが…。
 さて、今回私が取り上げるのは初来日公演が決定したトリー・ケリーです。実力派シンガー・ソングライターとしてエド・シーランといったアーティストからも高く評価されている彼女の新作をご紹介します。

トリー・ケリー『TORI.』

  ジェイコブ・コリアーのライヴで、ジョン・レジェンドとゲスト参加した『明日に架ける橋』を熱唱する映像を観て、やはりトリー・ケリーの新作を取り上げようと思った。あのライヴ・パフォーマンスは、3人それぞれのスキルと共になぜ今「明日の架ける橋」の熱唱が必要なのか。そんな思いが込み上げてくるなか、良質の音楽に触れられた感動があるわけだけれど、ケリーに関しては子供の頃からゴスペルを熱心に聴いてきたという、その影響がパワフルなヴォーカルに表れていて、熱量に圧倒される。

 そんな気持ちで聴いたアルバムの1曲目の『thing u do』、アカペラで歌い始めて、次に聴こえてきたのが”ドゥードゥードゥ~♪”という懐かしいフレーズ。スザンヌ・ベガの『トムズ・ダイナー』じゃない! 92年生まれだから、トリーがこの世に存在する前の歌よね。両親がミュージシャンという家庭環境で、時代、ジャンルに関係なく音楽を聴いてきたんだろうけれど、ヒットした当時を知っている人間にとっては時をぐっと引き戻される懐かしさと、時を超えた再会の歓びがある。しかもサンプリングではなく、本人が歌っているのがいい。

 トリーは自身で曲を書き、共同でプロデュースも手懸けている。そのなかでまず好感を抱くのがR&B、ヒップホップ界隈でまるでトレンドのように連呼される”F**K”という4文字言葉を使っていないこと。この言葉が出たとたん、攻撃性を感じてしまう。だから、今のアメリカのR&Bは、何かと闘っている印象を受けてしまうのだ(実際に差別や格差などと闘っている人もいるんだけれど)。その点でケリーは、自分の心情を丁寧に歌い、聴き手の感情に寄り添う優しさがある。とりわけプロデューサーのジョン・ベリオンが参加した⑫『young gun』から⑬『alive if i die』の流れが好きだ。それから話題性で言えば、④『cut』は、ティンバランドとロドニー・ジャーキンスがトラックを提供している。

 時にはファルセットで歌い、ヴォーカリストとしてのスキルをのぞかせつつ、全編で健康的でポップなR&Bという印象を強く受ける。刺激を求める人は、そこを退屈と思うかもしれない。でも、『トムズ・ダイナー』もそうだけれど、”普遍性”も音楽には大切だ。
 そんな思いが彼女と共有出来ているんじゃないかと、この新作でも感じられるが、忘れられないのが2015年のデビューアルバム『アンブレイカブル・スマイル』のタイトル曲だ。彼女自身のことをテーマにした楽曲で、”服を脱がなくてもショーを完売できるかもしれない”と歌う。ホントそう。かなり前にリッキー・リー・ジョーンズにインタビューした時、「マドンナもシェリル・クロウも高いドレスで着飾っているけれど、アーティストの使命はそこにはない」といった発言をしていた。もし、今”応援したい人”投票があったら、「長く活動を続けてね」という思いを込めて、迷わずケリー・トリーに一票を投じたい。
                             服部のり子

初来日公演
8月29日(木) 渋谷 WWW X

 

 



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