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26、27日目 - 判明した事実

(前回の記事)

27日目

 僕も一房では最古参なので、廊下側に陣取っている。ただこの場所は、冷房の吹き出し口の真下なので、むやみと寒い。寝るときなど、格子の下にある隙間から冷風が吹き込んでいる。

 ここのところ不眠気味なのは以前も書いたが、最近はやっと眠りについたあと、寝言が激しいらしい。しかも、かなりの大声だとの事。あまりの大声に、何度か夜勤の看守が飛んで来たが、当の本人、つまり僕は、なおも眠ったまま大声でしゃべっていたらしい。ちなみに昨夜は、ニコニコしながら住所を叫んでいた由。我ながら不気味だが、いったい何の夢を見ていたのやら。

 万引きで捕まった万田氏、朝から暗い。ずっと「余罪が見つかったらどうしよう……」「傷害で起訴されたらどうしよう……」と、悩んでいる。
 朝食後すぐに呼び出しを受け、暗い表情のまま出て行く。確かに、ここでは珍しい「堅気のヒト」なので、捕まると、こういう反応が普通なのだろうとも思う。同じ「堅気」でも、入るなりグウスカ寝てしまった僕とは大違いである。
 その後、昼食時戻って来た万田氏、無事、10日間勾留が決定したということで、かえってすっきりした表情になっていた。

 就寝前、万田氏と加藤氏で、語りモードに入る。
加藤氏「最近、気になっている女がいてさぁ、でも、こんなとこに入ってしまったら、もう駄目かもねぇ……」
万田氏「そうなんすか。僕も最近、すごく気になる子がいて、その子のためにもちゃんと働こうと思ってたとこだったんですよねぇ……」

 そして、判明した事実。二人が想いを寄せていたのは、同じ女性なのであった。しかも、現状、加藤氏の方がややリードしていたようで、多少元気を取り戻していた万田氏、またしても、落ち込みモードに入ってしまう。確かに、こんな場所で、我が失恋を知るとは、……。そんな万田氏に、加藤氏、
「でも、オレ、今回は間違いなく懲役食らうからサ、お前が幸せにしてやってくれよ……」

 正直な感想。この二人以外の男の方が、その子を幸せにできるんでないかい?

28日目

 不思議なもので、どの世界にも「リーダー」となる人はいるものである。すでに出て行った前川氏がそうであった。彼はジョークを飛ばして笑いを誘う以外にも、イライラする者があればなんだかんだと宥めたり、いつの間にやら、ここでのリーダーとなっていたようである。

 彼がいなくなって以来、リーダー不在だった留置場全体が、なんだかギスギスしている。ちょっとした小競り合いが、多くなって来た。これには、お盆を迎えて、出るよりも入ってくる方が増え、既に留置場のキャパを超えてしまっている事も多いに関係あるだろう。

 実際、3畳の部屋に4人寝るという事は、1人1畳ないという事なのである。やむなく、布団の縁を重ねるようにして、狭い布団で眠らざるを得ない。寝返りなど、打てようはずもない。

 そんな中、ついに、中規模噴火が起きた。前川氏のあと、シュールな言動で笑いを取っていた白木実氏が、突然、キレたのであった。

 朝の運動時。もともと「キレ」芸で笑いを取っていたので、誰もがはじめのうちは、いつものギャグだとばかり思っていたのだが、実は「マジ切れ」で、いつものように「突っ込み役」として白木氏に突っ込んでいた同じ房の男に、殴りかかったのである。それまで一緒に笑っていた看守もあわてて二人を取り押さえ、僕たちも早々に房へと戻される。
 その後、白木氏は別の房へと移されたが、その後の彼は、あまり笑いを振りまく事もなくなり、本来の姿なのであろう、誰にでも噛み付く、凶暴な男になっていったのである。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。