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30日目 - 永遠ほどに、先が長い。

(前回の記事)

 朝の運動ニュース。刑務所での「労役」。これにはちゃんと日当がつき、日常の買い物に当てたり、出所の際には「賃金」として支払われるのだそうである。ところがこの日当、1日に100円にも満たない金額である由。
 ちなみに、罰金が払えずに懲役となった場合は、1日当り5000円であるそうな。

 ところで当時、最初の購買で購入したノートに日記を付けていたのだが、ノートが来たときに真っ先にするのが「カレンダー作り」である。これも先達に教えてもらったのだが、ノートの1ページ目に、カレンダーを作っておくのである。そして、1日が終わるとその日に×をつける。これは意外と、退屈な毎日の終わりのちょっとした楽しみともなる。

 さてそのカレンダーによると、本日をもって、勾留1ヶ月である。
 思い返してみると、あっという間だったようにも思うが、1日1日は、実に長い。日記を見ると毎日何かが起こっていて、退屈しないようにも思えるが、日記に記せるような出来事が起こるのは1日のうちのほんの数分、ほかの10時間以上は、何も無いのである。毎日毎日が実に長く、1日の終わりには「やっと今日が終わってくれた」と言う思いと、「明日も何も無いんだろうな」とゾッとする思いに暗澹となる。ところが、いま思い返すと、あっという間なのである。この数日読んでいるトーマス・マンの『魔の山』にも、単調な日々は、あとから思うと「何の思い出もない」のでとても短い、と言った記述があったが、まさにその通りである。

 初公判まで35日。
 永遠ほどに、先が長い。

 初めての「医務」がある。健康診断である。体調に急変のあるときを除いて、定期的にどこかの町医者だろうか、出て来て、全員健康診断を受けるのである。
 僕たちも一人ずつパンツ一丁で、体重、身長を測ったりする。体調に不安のあるものは訴えると、ほとんど何の診察もせず、ささっと薬を処方してくれる。

 僕は、ここ数日続いている喉の痛みと、不眠を訴えた。後刻「軍医殿」と呼ばれる老医師は、のどを覗く事すらなく、のどの薬とハルシオンを処方してくれた。久々のハルシオンだが、残念ながら酒が無いので、純粋に「睡眠導入剤」としてのみ使用する事となる。もっとも僕個人としては、睡眠薬はあまり好きではない。何度か使用したが、いずれもスッパリと記憶が飛び、翌日仲間からの評判は聞くものの、当人は何の記憶もなく、楽しかった覚えが無いのである。このハルシオンとは、その後、出るまでの長い付き合いとなる。大麻で捕まって、眠剤中毒でシャバに出てれば、世話は無い。

 夕食時、初めてカップラーメンを投入する。食事時には、購入したカップラーメンを食べてもよい。配膳の際に担当に言うと、「お茶」を注いでくれるのである。想像に難くないだろうが、「お茶」と言っても限りなく「お湯」に近いので、何ら気にならない。
 僕は実のところ、まだ自前でカップ麺を購入していなかったので、以前いた中山氏が出て行く際に譲ってくれた「カップスター味噌」である。期待したほどの感銘がなく、少しくガッカリとする。

 就寝前、最大規模の喧嘩が起こる。白木実氏と、シャブの売人小山氏との間で壮絶な取っ組み合いである。残念ながら、音しか聞こえないが、充分な迫力であった。

 翌日の、皆の評。「『シャブ中』は、まずいよな……」
 喧嘩の最中、白木実氏の放ったこの一言で、一気に彼の評判は落ちてしまったようである。どうやらこの辺りでは、「シャブ中」は、最悪の罵倒語なのであった。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。