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24、25日目 - 深ぁいため息

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24日目

  今日は久々の快晴である。ほとんど外光の入らぬ留置場でも天気に左右されるのか、ここのところ沈みがちだった留置場全体が、ザワザワとしている。

 朝の運動時ニュース。
 昨日七房に入って来たのは、地元の大物である由。さっそく房内自主的措置により、たいていは一番古株が陣取る廊下側にこの大物氏が場所を占めているのだが、この場所にいる人は、食事時の配膳係をする。弁当には醤油かソースの小袋がつくのだが、房内の希望を聞き、担当にその個数を伝える。さらに、配膳口から弁当を受け取り、ほかの者に手渡す。七房の住人は、弁当を受け取る際、両手で捧げ持って受け取っているらしい。曰く、「この人からメシを受け取るのは、むちゃビビる」……。

 昼食に春雨が出る。なぜかここ数日、おかずの1品に必ず春雨が入っている。べつだん春雨が嫌いな訳ではないが、こうも続くと、少なからず不快になる。

 だいたい、ここに入ってくる人は、はじめの3、4日は大人しくしているのだが、それをすぎた頃から本来のキャラを発揮しだす。

 白木氏は、ここのところ「時間魔」と化している。ここには時計がない。しかも、ここはとてもヒマである。そこで、いま何時なのかがとても気にかかる。担当看守に聞くと時間を教えてくれるのだが、白木氏、これが実に頻繁である。ひどいときは、10分に1度、聞いている。
 今朝は今朝で、「やんのか、こらぁ、ぶっ殺すぞ!」という、とても剣呑な蛮声が響いていたのだが、これは、便所内で自分の大便に向って怒鳴っていた由。
 要は、ヒマなのである。

 同房の加藤氏、部屋にいるときはいつも眠っている。覚醒剤が切れて来たので、眠たくてしょうがないらしい。だんだん、顔つきも穏やかになって来た。

 就寝直前になって、新たに1名、わが一房に入ってくる。これで、4人が押し込まれていることとなる。さすがに狭い。後刻聞いたのだが、やはり、ほかの部屋は地元の猛者が入っているので、どうしても、比較的大人しい一房から埋めていく傾向にはあったようである。
 今度の人はまったくの素人で、万引きで捕まったようであったが、就寝時間も迫っていたので、詳しくは翌日にする。さすがに寝られないらしく、夜中に起き上がって深ぁいため息をついていた。

 かくいう僕は、ずっと不眠気味で、寝付くのも多分真夜中をすぎてから。担当に聞くと、朝は4時か5時ごろ起きていたようである。かといって昼間寝られる訳でもないので、だいたい、3日ほど不眠のあと、1日は熟睡できる、というペースである。

25日目

 ついに8月。ここに来てすでに1ヶ月弱。すっかり、違和感を感じなくなっている自分に感心。人とは、順応する生き物である。

 中国人のケンさんの、新たなる就職歴を聞く。鋳型の解体以外にも、男娼をやっていたそうである。これは1日に25000円程度の稼ぎにしかならないのだが(それでも充分な金額だが)、金はともかく、ただでヤレるのがよかったとのこと。客はほとんど、金持ちのおばさんであった由。

 昼食前になり、昨夜入って来た万田氏が取り調べから戻ってくる。
 昼食を食べながら、房内会議。議題は、万田氏の処遇について。まずは、なぜ捕まったのかを詳しく聞いてみる。

 万田氏が捕まったのは、万引きであった。市内の釣具屋で、釣り竿を盗んだという。それにしても釣り竿とは、また、持ち出しにくい者を盗んだものである。聞くと、ロングコートの中に忍ばせて持ち出したのだとか。もともと、釣りが趣味だったのである。これだけだと万引きだけですむのだが、問題が2点あった。警備員に見とがめられた際に、暴れて警備員を突き飛ばした事と、実はまだまだ余罪があって、これまでに何本も盗んでは、ネットオークションで売って小遣い稼ぎをしていたというのである。しかも逮捕時に乗っていた車のトランクには、まだ何本も捌いていない竿が入っており、その車は現在、警察の駐車場に置いてあるという。

 この手の案件に詳しい加藤氏によると、万引き程度で勾留される事ははまずないので、
1)警備員から被害届がだされる
2)余罪が発覚する
事がなければ、お灸を据えられるだけで、すぐに出られるだろうとの予測であった。

 万田氏、これを聞いて暗澹としているが、僕たちにとっては、格好の暇つぶしなのであった。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。