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9日目 - 「おやつ」購入に踏み切る。

(前回の記事)

 午後3時、「おやつ」の時間。食事時と同様、お茶または水が配られ、「購買」で買ったり、差し入れで入手した菓子類を食べる。別段、この時間以外に菓子を食べてはならない訳ではなく、いつ食べてもかまわない。実際、皆が寝静まった深夜、腹が減ったのか、どこかの房でボリボリとおかきをかじる音が響いて来る事もしばしばであった。

 さて、悲しい事に、このときまだ僕は知人の誰とも連絡がついていなかったので、菓子の購入ができていなかった。前にも書いたが、捕まった時点で4千円ほどしか持っていなかったので、菓子が買えなかったのである。この間は、哀れに思った同房者が少しく菓子を分けてくれたので、それをちまちまとかじって過ごしていたのである。

 この日は水曜日だったので、捕まってから2回目の「購買」日にあたった。前回の「購買」では、石鹸や歯磨といった日常品に、日記を書くためのノートなどを購入した。このノートは、かっこうの暇つぶしになるからと、同房者に勧められたのだが、おかげで現在、このようなものが書けるのである。

 「購買」とは、毎週水曜日に、前述のような身の回り品や、菓子類、タバコ、そして外部との連絡に使う便せん、封筒、切手の類いが購入できるシステムである。概して、ここにいる人は筆まめである。地元の人でもそう頻繁に面会がある訳ではないし、基本的には寂しい毎日なので、結構みんなマメに手紙を書くのである。

 さて、この日の「購買」で、ついに僕は意を決して、「おやつ」の購入に踏み切る事にした。いつまでも、同房者にすがってはいられないからである。

 「おやつ」は、500円から1500円まで、500円きざみのパック品となっている。サラダせんべい、ポテトチップ、チョコだのが、昭和40年頃まではスーパー等で用いられていたような、大きな茶色の紙袋に入ってくる。

 この紙袋、意外と役に立った。房内には身の回り品を入れる場所や、ゴミ箱等がないので、各人、この紙袋の口を手頃に折って箱状にし、個人のちょっとした身の回り品、ノートや便せん、1日分の菓子等を入れる小物入れにしたり、ゴミ箱として活用していたのである。

 「購買」の仕方だが、この日には、パック品のおやつの内容や、購入品目のリストが回ってくるので、欲しいものをマークして担当に渡すと、たいていは翌日には「交付」される。たかが買い物に「購買」だ「交付」だと、いちいちとしかつめらしい呼び名がついてくるが、官憲とはそういうものである。

 代金は、所持金の中から支払われる。お金自体は担当に預けてあるので、その中から自動的に引かれるのである。ここでもまた、独特の決まりがあった。支払いの際に、500円ごとの区切りで代金を取られるのである。例えば、500円の菓子と270円の煙草1ヶ、切手2枚を買ったとすると、合計金額は930円なのだが、引き落とされる代金は1000円なのである。で、その差額はどうなるのかというと、バナナか煎餅で補填されるのである。この例でいくと、差額70円分のバナナと煎餅が余分にはいっているのである。これまた誰に聞いても、このなんとなく騙されたような気分になる決まりの理由は、判然とはしなかった。
 この日僕が購入したのは、当然、一番安い500円のパックであった。

 この日の夕食は、前日に引き続き、カレーであった。ここでも、ちょっとした問題が惹起した。飯が傷んでいたのである。すえた臭いがするばかりか、若干糸まで引いている。さすがにこれには、皆が爆発した。留置場内を、怒号が飛び交う。担当も怒声を上げ、一時は「暴動か?」というまでに騒然とした。結局は徐々に静まり、みな、不満ながらもやむを得ず、自前のカップ麺等でこの日の夕食は乗り切ったのだが、いかにもひどい出来事であった。このカップ麺は購買で購入できるのだが、銘柄は、カップスターの味噌、醤油、カレー、それに天プラ蕎麦、いずれも1ヶ150円であった。……

 ところで、この弁当、以前にも少し触れたが、実にひどい代物であった。三食とも同じ仕出し屋から来る弁当なのだが、ある日の献立
・イモかカボチャかも判別できない謎の煮っ転がし(たぶん前日の残りのカボチャ)
・前日のチクワをわざわざまっ平らに開き、甘辛く揚げたナゾの創作料理
・明らかに冷凍物のコロッケ。下に千切りキャベツ(の、干物?)
・これまた前日にも出ていた千切り大根。すでに形を留めず、半ばゲル状
・唯一まっとうな、普通の漬物

 見てお分かりの通り、その大半は、前日の残り物に手を加えたものである。この日も、新規登場はコロッケのみと思われる。品数も多いかのようだが、なにしろいずれも残りもなので、ちょっぴりずつの寄せ集めなのである。このおかずに別箱でゴハンがつくのだが、これまた、時として芯が残っていたり、明らかに前日の残りですえた臭いを放っていたりと、とても金を取って供されるようなものではなかったのである。
 食い物の恨みは怖い。この際だ、名指しで非難してあげよう。『ハ■ーランチ』そおっ! お前の事だ!

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。