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65日目 (2) - S氏、ナイスファイト

(前回の記事)

 裁判は淡々と進む。

 被告人尋問。いくつかの事実に関して、検察側より質問がある。いずれも「はい」と、答えるしかない。「買ったの?」「はい」「吸ったの?」「はい」。
 なにしろ、争点のない裁判である。今さら否定しても、裁判を長引かせるだけである。
 実際にはこの時すでに、裁判官、検察、弁護士の事前打ち合わせで、量刑も決まっていたのではないだろうか。

 ところで、テレビや映画の裁判シーンで、決定的に間違っている描写がある事に気づいた。よく見かける、検事や弁護士が席を離れ、ドラマチックに弁論をふるうシーンである。
 法廷は、意外と広い。学校の教室よりも一回り広い。それに対して、検察官や弁護士も、決して木村拓哉や何ぞではなく、冴えないおじさんである。声量もない。ボソボソと調書を読み上げ、面倒くさそうに質問するだけである。いきおい、声はマイクで拾ってスピーカーから流している。従って、彼らが席を離れる事はないのである。
 後刻、弁護士に聞くと、「あんなの、ドラマだけ」と一蹴されてしまった。別段、今回はつまらない事件なので、双方ハッスルしなかった訳ではないようであった。

 続いて、弁護側から情状証人の申請。いよいよ、S氏の登場である。
 証言台に立つS氏。真後ろの被告席からも、ガチガチになっているのが分かる。宣誓の声が震えている。不謹慎ながら、笑いをこらえるのに苦労する。

 しかしここで、S氏はナイスファイトを見せてくれた。
 僕の職業に関してである。

 検事調書では、僕の職業は「無職」という事になっていた。僕がフリーランスであり、逮捕時にはちょうど契約期間が切れたところだったので、無職扱いになっていたのである。実のところこれは、被告にとって不利な要素であり、本当に無職の場合、執行猶予がついても「保護観察処分」がついたり、罪状によっては、通常なら執行猶予のところが、実刑になる場合もある由。
 ここでS氏は、「無職扱い」に対して、強く異議を申し立ててくれたのである。
 この場では、裁判長の「分かりました」の一言でこの抗弁は終了となったが、後刻弁護士から、「いい情状証言だったね」と評されたのであった。

 裁判後、面会にきてくれたS氏に聞くと、氏も僕と同業なので、無職扱いが引っかかったとの事であった。「弁護士との打ち合わせがあったのか?」と問うと、そもそも、何の打ち合わせもなかったとか。なんといい加減な。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。