私の1/3はUNIQLOである。
服を大量に捨てた。ビニール紐で4くくり。
私の中で、「1年着なかった服はどうせ着ないから捨てる」というルールがある。
だから、服を断捨離する、といってもその選別はたいして難しくはない。
そうして服を捨てたあと、困ることが起きた。
夏服があまりにも少ない。機械的に選別し、大量処分の心地よさに浸るあまり、捨てた後のことを考えていなかった。
こういう時頼る先は決まっている。UNIQLOだ。ファッションセンスに自信がない(というより、着たい服を着ると世間が受け入れてくれない)私は、ここ数年、UNIQLOのエアリズムTシャツのお世話になっている。好みというわけではないが、無地かつ無彩色であれば誰にも文句は言われない。
昨年からは、下着も全てUNIQLO製だ。エアリズムのパンツ、諸兄もぜひ試してほしい。
今回も例に漏れず、奇抜なコラボTシャツには目もくれず、エアリズムTシャツとパンツを買って帰る。店内の滞在時間は10分ほどだろうか。サイズも分かっているため、試着の必要もない。
満足げにハンドルを握る帰りの車内で、「モノカルチャー経済」という言葉が頭に浮かんだ。
単一の資源や産業に頼る経済の形態のことであるが、今の私にも同じことが言えそうである。
私は、衣食住のうち1/3を、人間を人間たらしめる要素の1/3をUNIQLOに依存している。
もし明日この世からUNIQLO製品がなくなったら、私は満足な社会活動を送れないのでは、とすら思う。
言わば、「モノカルチャー被服」である。
モノカルチャー経済は、その産業がコケれば国が崩壊する、と習った記憶がある。
UNIQLOの経済活動の妥当性については賛否色々あれど、コケてもらっては個人的には困るなぁと思う。
2024.5.26 人を待つ喫茶店にて
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