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私が落札者を選んだ理由 アーティストインタビューvol.1中村朝咲

2021年10/1(金)-3(日)8(金)-10(日)の6日間、恵比寿のギャラリーで開催された「かけひきのないオークション」。お金ではなく感情で落札できるオークションをテーマに、新しいアート鑑賞のあり方を提案した本イベント。会期中は沢山のお客様にご来場いただきました。

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「かけひきのないオークション」では、すべての作品の説明が伏せられ来場者は自身の直感だけを信じてアートを鑑賞します。そして、アートに対する想いを鑑賞カードを通じて表現し入札を行います(購入希望金額の提示も行います)。アーティストは鑑賞者の想いが綴られたカードの中から落札者を選定します。「金銭の多寡」だけでなく「鑑賞者の感情」に従って落札者を決めるのです。この試みは従来の展示会やオークションとは異なり、アーティストにとっても全く新しい体験を意味します。

museumβのnoteでは、会期終了後の出展アーティストの方々の想いを綴ったインタビューを連載致します。第1回目のアーティストは、版画作家の中村朝咲さん。「かけひきのないオークション」という実験的なアート鑑賞を通じて、出展アーティストたちは何を感じ、どのように落札者を選定したのでしょうか?

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中村朝咲(なかむらあさき)
目を閉じた時現れるものを版画に起こして、自分の外側に出し、それが一体何なのか確かめるように制作しています。版画という間接的な技法を用いることで、自分という存在をあまり介入させず客観的な視点で制作したいと常に考えています。

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私の作品を見ているうちにいつの間にか自分と向き合っている人がいた

──朝咲さん、今回の企画に参加されてどうでしたか?

中村朝咲 私に鑑賞カードを書いてくださったみなさん感受性が豊かで、いつも私が考えていることを言ってくれている人もいれば、考えたことがないこともありました。普段自分の作品がどう見られているかが文字で分かって面白かったです。
中でも、ものを見ている感覚が近い人がいました。私は作品を作る時、何かを描いているようで、何か特定したものは描いていないんです。感覚で描いている。それについて言及してくれる方がいたんです。例えば「草や花のようなものを描いているけれど、それを描いているんじゃないだろうなと思いました」というコメント。そこまで感じていてくれることが驚きでした。共有できる感覚というものがありました。

──なるほど。では「共感」を基準に落札者を選定されたんですか?

中村朝咲 いや、そうではないんです。私はそもそも分かってもらおうと思っていない。普段から、自分の考えていることを前に出して見せるスタイルではないので。なので、選ぶポイントとしては「私の作品を見ているうちにいつの間にか自分と向き合っていた」ような人を選びました。ただ私の作品を欲しいと言ってくださる方もありがたいんですが、よく分からないけれどコメントを書いていくうちにその方自身と対話しているようなコメントになっちゃっている人がいたんです。その方のもとに自身の作品があったら面白いなと思って(笑)。

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自然とその人の生活の一部になれたらいい

──面白いですね(笑)。たとえばどんな内容だったんですか?

「これを見てぼうっとしたい」という人がいたんです(笑)。その言葉だけでもう面白いと思ってしまって。部屋に飾ってオシャレになりそうだから欲しいという人もいてそれも素敵だと思ったんですが、自分の作品を見てぼうっとしている人のことを想像したら、なんだか面白いじゃないですか。
あとは「放っておいても大丈夫なんだって思えた」というコメントもありました。すごい良いなぁと思ったんです。私の作品のことかもしれないし、ご自身のことかもしれない。ただ、思ったのは「私の作品に関与しても何も変わらない」ということかもしれないなと思ったんです。
私は、自分の作品で別になにかが変わっても変わらなくてもどっちでも良いんです。ただ、自然とその人の生活の一部になれたらいいな、という感覚でいるんです。

──なんだか、人間らしいコメントですよね。

そうなんです。自分のこと、思ったことを素直に書いてくれる人を選びました。ほかにも「生物のようにも見えるし、幾何学的にも見えて、生物と無生物の境界について考えさせられた」というコメント。素敵だなあと思いました。
それから「体調が悪い時に目を閉じていると、見てるようで見てないものを見るような感じ。」というコメントもあった。きれいとか、素敵という感情じゃないけれど、気分良いと気分悪いの間みたいな気持ちになっているんですよね。ハッピー!みたいな感情じゃなくて、でもそれが素敵だと思ったんです。

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選んでくれた人の価値観に直接触れたから

──入札金額はどの程度気になりましたか?

入札カードを見る前は、お金もすごく大事だと思っていたんです。でも、カードを初めて見た時に「お金いらないから面白いこと書いてくれた人に作品あげたい」と思って。だんだん冷静になって、お金のこともある程度考えるようにはしたんですけど(笑)。
今回で言えば、そうですね比較的きちんとした金額を提示してくださった方々が、面白い感想を書いてくださっていました。ただ、お金と感想の面白さが対立することがあれば、いまの私は面白い感想を書いてくれた人に譲りたい。

──それはどうして?

多分、選んでくれた人の価値観や考え方に直接触れることが出来たからだと思います。それは私にとってはお金では得られない財産だと思っていて。それでお腹がいっぱいになりました。
普通の展示会では、あまり今回みたいな経験はないですね。直接話しかけてくれる方もいらっしゃるんですけど。今回は、紙に想いを書くというのもあって「思ってもいなかったこと」を書き始めたら意外とスラスラ書けてしまったという人が多いんじゃないかなとは思いました。書くことで気持ちを伝えるという方法だったからこそ、こんなにも人間らしくて素敵な言葉の数々があったのかもしれません。

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中村朝咲さんが「かけひきのないオークション」を通じて触れたのは、鑑賞者たちの飾り気のない等身大の日常と、そこに自然と存在している自分の作品の姿でした。
「ただ、自然とその人の生活の一部になれたらいいな」。何事もない、それでいて愛おしい人々の毎日が、鑑賞者の言葉や行間からにじみ出る。そんな体験は、アーティストにとっても、新たなアート展示のあり方を提示しているのかもしれません。

文責:塗木拓朗(ぬるきたくろう)/museumβ