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憧れのJAXAを退職しました。

私事ですが、本日2022/03/31をもってJAXAを退職いたしました。
任期制職員だったため、任期を更新せず、満了という形での円満退職となります。
上司に頭突きをしたわけではありませんのでご安心を。



JAXAを目指したときのこと。

具体的にいつ頃から私はJAXAへ入りたいと思っていたかは思い出せない。幼い頃から宇宙飛行士になりたくて、そのためにはJAXAの職員にならなければいけないのかな、と漠然と思っていた記憶はある。
(本当はこの認識は100点ではなくて、宇宙飛行士に選抜されたあとJAXAへ転職するシステムは後から知った。JAXA内部から宇宙飛行士になった例もあるので、間違いではないけれど。)

私の幼い頃は今ほど宇宙産業が活発ではなく、JAXAでなければ宇宙の仕事はできないのだと思っていた。地方に住んでいたので、直接筑波宇宙センターへ足を運んだりできる機会はなく、HPを読んだり毎月届く「JAXA's」を心待ちにしたり、ちょうど「はやぶさ」が帰還した頃は地元でも講演会が開催されたので参加したり、博物館に限定展示されたはやぶさの欠片を見に行ったりした。

この頃はまだJAXAというのは雲の上のような存在で、具体的に何をどうすれば就職できるのかもわからず、とりあえず目の前の勉強を一生懸命やっていた。


高校時代、JAXAへメールを送ったことが今の私を作り上げた。
進路について、何かJAXAへ就職しやすい学部があるのかと思い、ダメ元で相談してみた。

はじめまして。私は熊本県に住む高校2年生です。私は将来JAXAで研究をさせていただきたいと考えているのですが、どのような大学の、どんな学部に進学したらよいのか悩んでいます。そこで、アドバイスをいただきたくメールを送らせていただきました。よろしくお願いします。​

自分なりの精一杯だった。一種のファンレターのような感覚で、すぐにゴミ箱へ入れられるかなとも思いつつ、ドキドキしながら送信ボタンをクリックした。


すると驚くべきことに2,3日で返信がきた。

はじめまして。こんにちは。
JAXA採用担当です。

JAXAに興味を持っていただいて、ありがとうございます。

ご質問の件ですが、「お答えできない」というのが回答です。
それは、情報を出せない、ということではありません。
JAXAには、大学だけでなく、高等専門学校・短期大学など実に様々な経歴の方が働いているので、どの大学のどの学部がいいですよ!とはお答えできないのです。

大学でも、100を優に超える様々な大学の出身者がおります。
学部も多彩で、一見宇宙とはつながりのないような、薬学部や土木関係の出身者も多数研究開発職に従事しています。

JAXAの業務は「前人未到の領域に、人類の知識を総動員して挑む」ことですから、現在地球上にある全ての学問・専門能力が必要なのです。
そのため、JAXAでは学部や大学での優劣は一切ありません。

では、全員に共通していることは何か。それは
「自分の興味のあること、好きなことを、極める能力」です。

実は、大学時代に学ぶことよりも、JAXAに入ってから学ぶことのほうがはるかに多いので、入社してから、業務に必要なスキルをしっかり吸収できる、ということが非常に重要なことなのです。

今は、自分の好きなこと・興味のあることを一生懸命勉強してください。その「一生懸命知識を習得する」という姿勢そのものが、JAXAに入ってから最も役に立つスキルですから!

それでは、数年後にお会いできるのを楽しみにしております。

JAXA採用担当

身震いがした。鳥肌がたった。こんなに丁寧な返信がくるとは、夢にも思っていなかった。
(父は今でもこのメールを大切に保存している)


こうして私は自分の大好きな宇宙の道へ進むことを決めた。また私の想い描く「宇宙」とは天文学ではなく、宇宙物理学のほうであることは早い段階で自覚していた。それは憧れのアインシュタインの影響も存分に受けていると思う。


以前の記事でも紹介したが、私は物理学がとても苦手だった。JAXAに就職するのであれば東大へ入らなければいけないのではないかなどと考えており、そうなると物理学は諦めて得意科目の数学などで入学したほうがいいのだろうかなんて悩んでいたが、このメールを読んでそんな進路選択は私の中から抹消された。
(もちろん世の中には東大へ入ることに価値を見出している人もいるだろうし、実際東大に入るのは素晴らしいことだと思う。そのために自分のやりたいことではなく得意なことで勝負する、という選択は一種の正攻法だ。それを否定しているわけではないので、誤解なきよう。)


結局一浪までしたが志望校には受からず、滑り止めの私立大学へ入学した。けれど「宇宙をやる」という意志は曲げず、きちんと物理学科に進んだことは自分でも誇らしく思っている。

そして私は興味の赴くままに宇宙物理学を専攻した。これまで漠然と宇宙をやりたいと思っていたが、大学に入ると宇宙にも色々とあって、自分の興味を細分化してみる機会に繋がった。

以下は過去の記事と多々重なる部分もあるが、結局卒論では太陽系外惑星やアストロバイオロジーについて書いた。その方面で外部の大学院へ進学したいと思っていたが、ニッチな分野であるということもあり院試の倍率が非常に高く、呆気なく落ちてしまった。
JAXAの方からアドバイスをいただいたように、「興味のあること、好きなことを極める」という軸のもと生きていたため、自分の好きなことが研究できない内部進学枠はお断りした。

そして「興味のあること、好きなことを極める」の「興味」や「好き」が変化することは、生きていれば有り得ることだと考え、卒業後は当時やりこんでいたゲームの開発会社であるCygamesへ新卒入社した(アマチュアチームを立ち上げ、ゲーム実況配信まで始める程度にのめりこんでいた)。いきなり宇宙とかけ離れた業界へ飛び込んだため、最初両親は困惑している様子だった。しかしきっとこの「ゲームに興味があるので極める」ということも、いつか役に立つだろうと私は信じていた。



いざ、JAXAヘ転職。

Cygamesでエンジニアとして働き始めてから3年ほど経った時、業務を1人前にこなせることはもちろん、自分で企画提案できるような機会も増えていった。そうして毎日同じようなことを繰り返す日々を送っていた中で、ふと疑問が湧いた。

「私、もしかして"極めた"…?」

傲慢も甚だしいのだが、自分にはそう思えた。そして久しぶりにJAXAのHPを開き、採用情報を見た。私にぴったりの求人が出ていた。そのとき宇宙へのスイッチが再び入った。改めて、JAXAを目指そうと決めた。


ESは宇宙飛行士選抜試験のものと似ていて、A4用紙1枚に志望動機や自己アピールを自由に書く、というものだった。宇宙飛行士選抜試験の際は数ヶ月かけて書いていたが、この時は5分くらいで書き上げた。これまで自分の中に蓄積されていた宇宙への想いが溢れてくる感覚があった。

ちなみに何の参考にもならないと思うが、当時のESでは「ゲームと宇宙開発には似ている部分がある。それは非現実やファンタジー、人の夢を具現化するという点である。」ということをテーマに書き上げた。
これが評価されたのかはわからない。単にエンジニアとしての経験や技量を評価されて採用に至ったようにも思う。
書類選考を通過し、面接に進んだ。最後に面接官(のちの上司)へ「入社までに何か勉強などしておいたほうがいいことはありますか?」と尋ねた際に、「今の会社を円満退職できるよう努めてください」と笑顔で言われたことは今でも鮮明に思い出せる。間もなく採用の連絡がきた。


言うまでもないが、この上司は入社後も私の話をいつも真面目に聞いてくださり、頼りにしてくれる素敵な方だった。キャリア面談で「今後は管理職になりたいですか?」と尋ねられ、「いえ、宇宙飛行士になりたいです」と答えた時は、頭を抱えながらもハニかんで「君に抜けられると空く穴が大きくて困っちゃうなあ」と言っていただけたことは、身に余るほど光栄だった。



なぜJAXAを退職することにしたのか。

幼い頃から憧れていたJAXAへ晴れて入社。毎日出社するたびに目に入るJAXAのロゴマークが嬉しかったし、執務室内に何気なく貼られているロケットのポスターなんかにも心が躍った。

しかし働き始めてほんの1ヶ月ほどで気づいた。私はJAXAへ入社することを目標としていたため、採用された時点で既にそれは達成されてしまっていたのである。自分の思い描いていた夢と現実、そしてそれを達成したことで生まれた喪失感のようなものを、いつしか感じ始めていた。


原点に立ち返った。「興味のあること、好きなことを極める」。JAXAへ入社した私にとっての興味は次の段階に移っていて、それは「宇宙飛行士になること」であった。そのためには、それを達成するスキルを極める必要がある。

そして自分でも驚くほどあっさりと、任期満了での退職を申し出た。
周りは驚いていた。せっかく夢が叶ったのにもったいない、JAXAで働きながらでも宇宙飛行士は目指せるのに辞める必要があるのか、など理解できないという様子だった。
しかしこれは私にとっては必然の選択であった。なぜならばJAXAで私に求められていた職務を私は"極めた"ので、新しいチャレンジを心が欲していた。

こんな私の選択を許してくれた上司をはじめ、同僚に感謝しています。
今日までありがとうございました。
また来年、今度は宇宙飛行士として再び戻ってまいります。



これから。

実はまだ、私は明日からの職が定まっていない。今の自分は何に興味があり、何が好きなのか深掘りしている最中である。
でもきっと、宇宙飛行士になったとき役に立つ何者かになるのだろうと、それだけは確信している。


夢の舞台で働けて幸せだった。そしてまた私は、新しい目標に向かって突き進む。
人はいつだって自由だ。自分のやりたいことには逆らえない生き物なのである。




そういえば、あのときメールの返信をくれた方に私は会ったことがあるのだろうか。精一杯の感謝を述べさせていただきたかった。


P.S.
この記事を出して3日で職が決まった。
今はElevationSpaceというスタートアップ企業で宇宙機の開発を支えている。
エントリーしたタイミングでちょうど代表がこの記事を読んでくださっていたらしく、ポンポンと採用をいただいた。
正直、運命だなと思った。

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