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捕物帳と神田エリアとお玉ヶ池

捕物帳…おもに江戸時代を舞台に事件の解決を目的とした時代小説のこと。推理小説としての面白さだけでなく、江戸時代の風俗や雰囲気を味わえる点が魅力。

映像作品も作られる機会が多く、安定した人気を確保しているように思えますが、この捕物帳と呼ばれるジャンルには「五大捕物帳」と分類される「クラシック作品」があります。

もっとも有名なのが野村”あらえびす”胡堂の「銭形平次捕物控」、そしてこのジャンルの草分け的な岡本綺堂の「半七捕物帳」、「旗本退屈男」の原作者としても知られる(というかこっちのほうが有名でしょうか)佐々木味津三の「右門捕物帖」、そして横溝正史の「人形佐七捕物帳」に城昌幸の「若さま侍捕物手帖」。

個人的にはこの中では怪奇色が強い「半七捕物帖」と本格推理作家ならではの”さすが!”なストーリーテリングが魅力の「人形佐七捕物帖」を推したい。エンタメ色を全面に出した「若さま侍捕物手帖」もなかなか。「銭形平次捕物控」は良くも悪くも「普通」な感じ。

東京出身のわたくしにとってこれらの作品の魅力は江戸時代の江戸の町の雰囲気をうまく描写している点、しかも土地勘があるので物語に出てくる場所がすぐにわかる。上野の不忍池なんて事件が起こって死体が浮かび上がるイメージがすっかりこびりついちゃってます(笑)

で、人形佐七捕物帖の主人公、佐七は「神田お玉ヶ池」を舞台に岡っ引き活動を行う設定になっているのですが、昔この作品を読んだ時には「お玉ヶ池ってどこ?そんなところあったっけ?」って感じでした。

「お玉ヶ池(於玉ヶ池)」。秋葉原と神田のちょうど中間ぐらい、鉄道の駅もある岩本町にかつてあったとされる池。往時には不忍池よりも広かったと言われているのですが…現在の様子からはとても想像できません。

江戸初期、茶屋で働く「お玉」という女性が二人の男性から想いを寄せられて思い悩んだ挙げ句にこの池に身を投げたことからそれまでの「桜ヶ池」という名称から「於玉ヶ池」へと変更された…なんて万葉集にも登場する兵庫県の菟原乙女や千葉県の手児奈伝説を彷彿させる言い伝えもあるとか、ないとか。

江戸時代からいきなり古代の伝説の世界へ!広く人口に膾炙した伝承がいかに長い期間に渡って人々の生活の中にとどまり続けるものなのか、よい例なのかもしれません。

この伝説にちなんだ歌川広重の錦絵もあります。「東都旧跡尽 神田於玉ヶ池の故事」

現在はそのお玉の霊を鎮めるために建てられたとも、江戸城の鎮守のために建てられたとも言われる神社の系譜を受け継ぐ「繁栄お玉稲荷神社」がひっそりと建てられています。大通りから外れた路地にあるので本当に目立たない。


繁栄お玉稲荷神社。「栄」の字は旧字ですが


ちなみにこの鳥居に頭をぶつけてたんこぶをこしらえました(苦笑) 石鳥居は怖い!


いちおう「池」らしきものも

於玉ヶ池周辺は江戸時代には学者さん(佐久間象山とか)が多く居住していたり、坂本龍馬が通っていた北辰一刀流の道場があったとか、いろいろと華やかな環境だったらしいのですが…そもそもかつての於玉ヶ池の範囲がどの程度だったのかはよくわかっていないようです。(なお、幕末の頃にすでにほとんどが埋め立てられていたとのこと)

ここでイケメン岡っ引き、人形佐七が活躍していたのか…とその様子を思い描くのもまた楽し…って痕跡なさすぎてよほど豊かな想像力がないとちょっと無理(苦笑)。

かつて東京には「神田区」という区が存在していました。1947年に35区あった区を現在の23区に整理する段階でこの神田区が消滅。しかし今でも旧神田区のエリアは「神田エリア」の名の下で共通した文化圏(?)を維持・形成しているように思えます。

わたしたちが一般的に連想する「秋葉原」は基本的には「千代田区外神田」に位置しているエリアです。それに対して行政上の地名「秋葉原」はそんな秋葉原エリアの端っこ、台東区に属しているごく狭い地域です。そしてこの台東区秋葉原がちょうど「神田エリア」と「上野・浅草エリア」の境界線になっているような感じ。

東京都民にとっての「アキバ」はあくまで神田エリアという地域の一部、って捉え方になるんでしょうか。独立したエリアとはあまり見なされていない、みたいな。

そして捕物帖ではこの神田エリアを舞台にした作品が多く見られ、このエリアの「いかにも江戸=東京」な場所というイメージは今も昔も変わらないようにも思えます。

なお、「5大捕物帳」のうち銭形平次、半七、右門捕物帖はすでにパブリックドメインで青空文庫でも読めちゃいます。

どれも短編なのでちょっと疲れた時に読むと古き良き時代にタイムスリップして味わっているような気分に浸れていい感じに現実逃避できます。そして横溝正史ファンにはもちろん、人形佐七がイチオシです。


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