人物園（じんぶつえん）Ep-2

「ケイジくん、あーそーば」

海人は小学校に入学した春
初めてできた友達の玄関前で
インターホンで呼びかけたが
返事が返ってこない

「あの子と遊んだらダメって言ったでしょ！」

中からケイジの母親の声が漏れ聞こえた

暫くして母親が玄関から出てきた

「海人くんゴメンね、ケイジは具合が悪くて遊べないの」
「これあげるから帰って」

母親は50円玉を海人に差し出した

「いらない」首を横に振り

海人は一人で公園に向かった

公園にある市営プールの外壁にゴムボールを投げつけ
ボロボロのグローブで受け止める

何度もこれを繰り返す

暗くなって球が見えなくなるまで繰り返す

何日もこれを繰り返した

ひとりキャッチボールが終わると
海人は「お好み焼き屋 紅梅」に向かう

「紅梅」は築60年以上経過した
ボロボロの木造アパート1階にあった

カウンターとテーブル合わせて
10人ほどしか入らない小さな店

建付けが悪い「紅梅」の引き戸を開けると
既に数人の客が酒を飲んでいる。

肩パットスーツにケバイ化粧をした若い女性

その同伴客と思われる高齢男性

おかまのケンちゃん

作業員風のガラの悪い二人ずれ

セカンドバックを小脇に抱え
薄いサングラスに菅原文太風スーツを着込んだ男

「あ～らカイちゃんお帰り、いつみても可愛いわね」

おかまのケンちゃんが声をかける
香水の匂いが半端ない

「ほんと可愛いわね、オネエさんがアイドル事務所の
社長さん紹介するわ」

厚化粧女の赤く染められた大きな口に吸い込まれそうだ

「おい！カイ、小遣いやるよ」

菅原文太風は500円札をセカンドバックから取り出し
海人のテーブルに置いた

「ブンちゃんにちゃんとお礼いいな！」
カウンターの中から海人の母親「玲子」が声をかける

菅原文太風スーツの男は「ブンちゃん」と呼ばれていた

「ありがとう」

小さな声でお礼を言うが
このお金は後で玲子に取られる運命にある

腹をすかした海人は出された定食を秒で平らげた

食べ終えたタイミングで玲子は
パックに入れた二人分の食料を海人に持たせた

このアパートの2階で暮らす
祖母と妹「明美」の夕食だった

店を出ようとした時、客の「ワァ！」という声と
カウンターの片隅に置かれたブラウン管テレビから
アナウンサーの興奮した声が聞こえた

王貞治がホームランを打った

この年、読売巨人軍の王貞治は
ハンク･アーロンのメジャーリーグ本塁打記録を
超える通算756号ホームランを達成した