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「過剰診断」の概念は21世紀の医学をかえる

過剰診断は,生涯にわたり何の害も及ぼさない,治療の必要のなかった病変を見つけて,治療を要するものと診断してしまうことです.その結果,不必要な精密検査や治療(過剰治療)が行われ,受診者への身体的・精神的な負担などの不利益をもたらす可能性があります.過剰診断はすべての医療にかかわる課題ですが,無症状な健常者を対象とするがん検診では最も深刻な不利益となります.

過剰診断 overdiagnosis は医学の正式な概念であり,Index MedicusのMeSHにも採用されている用語です.よく過剰診断を「病理学的な誤診」,すなわち手術によって治る良性の腫瘍や患者に害を及ぼす可能性の低い腫瘍を,再発や死につながりかねない悪性度の高い癌と間違えて診断すること,の意味で使っている医者がいますが、これは誤りです.

「過剰診断」は誤診とは異なります.またいわゆる過剰医療ともちがい,意図的に過剰診断することもできません.たとえば福島甲状腺調査では,超音波で5ミリ以上の結節に針生検し,悪性ならば甲状腺がんとしますが,これはまさに正しい診断です.それにもかかわらずこれは見つける必要ない,見つけていけないがんなのです.

小児期に無症状でみつかる甲状腺がんは,ほとんどが一生そのままにとどまるとされています.しかし検診で見つかってしまうと,8割以上のひとが手術を受けるのはやはり人情というものでしょう.体と心に傷が残り,甲状腺ホルモンを一生飲まなければならないひとも多い.だから甲状腺検診はしてはいけないのです.

過剰診断にはたくさんの実例があります。米国の前立腺がんスクリーニング(血中PSA)や韓国の甲状腺がん検診(超音波)、日本の神経芽腫マススクリーニング(尿中VMA)では、それ以前にくらべて数十倍のがんが発見されました。それらの患者は手術治療されたのですが、しかし全体の死亡率はまったく変わりませんでした。

これらが「過剰診断」の例です。前立腺がんも甲状腺がんも神経芽腫も、スクリーニングや検診によってむしろ重大な害が発生したため、後にすべて中止に追いこまれました。よくいわれてきた「早期発見、早期治療」というスローガンは、こういったがんにはまったく当てはまらなかったのでした。

一度「過剰診断」という視点を獲得すると、わたしたちの身の回りにでおこなわれている一般の医療にも、無駄なもの、むしろ行うべきでないものがたくさんあることに気づかされます。たとえば妊婦健診のなかにもそれは複数存在します。たとえば超音波検査をあれだけの回数をする必要はあるのかなど。

「過剰診断」は21世紀の医療を考えときのキーワードになるのではないかとわたしは思っています。欧米ではすでにそういった見直しがはじまっています。北米での”Choosing Wisely”とか、欧州での”Preventing Overdiagnosis Conference”といった取り組みがそうです。

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