タバコをやめさせること

医療のなかに身をおいていると,まわりに喫煙者というのはまずいないので,ふだんは喫煙の問題は意識することがありません.しかし夏冬の休暇で実家に帰り,中学とか高校の同窓会などにでたりすると,まわりはほとんど喫煙者であることにあらためて驚きます.もうもうとしたタバコの煙に思わずめまいがしてきます.旧友たちにはほんとうに会いたいのですが,タバコのことを考えると躊躇するのが常です.

がんのリスクがエビデンス的にこれほど高いのは,タバコ以外はあまりみつかりません.肺がんというのは最期には呼吸苦がくることが多いのですが,緩和ケアでこれほど対処に困る症状はありません.苦痛のなかで亡くなるか,セデーションで意識をおとしたまま逝くかです.医療従事者としては肺がんになるのだけはさけたいものです.

しかし結局のところわたしたちは,家族としても友人としても医者としても,ニコチン依存者にタバコをやめさせることはできない,という実に苦い現実のなかにいます.言って聞かせても,タバコをとりあげても,脅してもむしろ逆効果です.最期はきちんと看取ってやろうと覚悟をきめて,しばらく距離をおくのがお互いにとっていいようです.

タバコを吸うと寿命が数年縮まるぞといっても,そんなのは覚悟のうえだといわれれば,あとはどうしようもありません.ほとんどのひとがそのように答えます.長く生きるも短く生きるもそのひとの生である以上は,他人が干渉できるところではありません.あとは公共での喫煙や受動喫煙,タバコのポイ捨てを軽犯罪でとりしまるにとどまります.

ニコチンにかぎらずあらゆる薬物依存者は,その対象物に病的に依存しているにとどまらず,周囲の人間関係でも適切な関係を保つことができないため,家族や友人に甘えたり,逆に暴力をふるったりしがちです.わたしたちは依存者の喫煙にはまったく無力であり,親身になればなるほど逆効果となって失望することになります.だからすべては当事者にまかせざるをえない.

家族や友人は彼らにふかく傷つけられていることが多いのですが,覚悟をもって手をはなし,遠くから見守ることが重要だと思います.つきはななされた依存者のなかには,驚くべきことにタバコをやめるひとがでてくることがあるのです.だからここではやさしさではなく勇気.密着ではなく距離がたいせつ.そこからなにかが生まれてくるのかもしれません.

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