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臨床推論のベイズ推定によるモデル化

医師が診断をおこなう過程を理解し,診断をサポートするツールをつくろうとする試みは昔からなされてきました.将来AIによる臨床推論が可能になれば,人間につきもののエラーから解放されます.医師は実際の処置や手術などの手技に集中できることになるでしょう.

医師の診断にいたる思考過程を観察し,すぐれた推論は「反復仮説検証」とよばれるプロセスを自然にへていることがわかりました.最初に患者を診察して得た情報から,医師はすぐにその事実を説明できる仮説を考え,その後に検査などのあらたな情報を得るたびに,その仮説を修正していくという過程です.

患者の主訴や身体所見などにより,さまざまな代替仮説の可能性がその場でほとんど直感的に得られ,その後の検査結果により再調整されていきます.熟練した医師はこれをいとも簡単そうにおこなうので,未熟な医師は,なにを重要としなにを無視できるのかの判断の根拠が理解できずに当惑してしまうのです.

今日ではこうした診断能力は,18世紀にベイズが発見したベイズの定理を,意識せず直感的に応用していると考えられています(Wachter: Diagnostic errors, 2004).ベイズの定理ではあらゆる医学検査はつぎの2つの観点から解釈されることになります.ひとつはその医学検査はどの程度正確かということです.

つまりその検査でどのくらい頻度で正しい,または誤った答えが得られるかです.ふたつめは,その検査で調べている疾患にどの程度かかっているかの確率(事前確率)です.たとえば健康な20歳女性への心臓負荷試験は,陽性のほとんどが偽陽性になるのでしてはいけないというのがベイズ推論の答えです.

逆に,新型コロナの大流行期に接触歴のあるひとが発熱外来に来た場合,新型コロナの事前確率は95%以上と推定されます.この場合PCR陰性とでたとしても,可能性は80%程度にしか低下しないので,新型コロナではありませんなどと患者にいう医師がいたら,それはあきらかにまちがいとすべきでしょう.

臨床疫学において,反復仮説検証やベイズ推論による診断過程の定式化が進んだのは,なんといっても診断力向上と診断エラーの回避が目的でした.近年,こういった知見の進歩によって,AIによる医療診断や意志決定支援が試みられていますが,医師にとってかわるにはまだしばらく時間がかかりそうです.

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