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これでいいのだ!

3/10(水)に、大家の学校のスピンオフ企画『アフロとボウズの物件徹底解剖』というイベントで、東京都荒川区にある賃貸マンション、トダビューハイツの大家さんである戸田江美さんとトークをさせてもらいました。

戸田さんのキャラクターもあいまってとても穏やかな雰囲気でトークが進みましたが、その中で僕自身が得られた新たな視点について、今回のnoteでは共有させてください。


「ほっこりオシャレな下町」を目指して

荒川区の尾久(おぐ)、と聞いたところでピンとくる方はまだまだ少ないと思いますが、東京に残る唯一の都電が通り、昭和のまま時間が止まっているかのような光景があちこちに見られる、下町情緒あふれるエリアです。

築40年超のトダビューハイツは、都電荒川線「東尾久三丁目」駅から徒歩5分、よりメジャーな路線である千代田線の「町屋」駅からは徒歩12分と、決して恵まれた立地にあるとは言えない築古マンションです。


約5年前に祖母から大家業を引き継ぐことになった戸田さんは、美大を卒業した後、Web制作会社である面白法人カヤックに勤め、その後フリーのデザイナー・イラストレーターとしてはたらくクリエイター系のキャリアで、大家を引き継いだ当時はなんと若干25歳!

フリーランスの仕事の関係で、前々回のnoteでご紹介したカスタマイズ賃貸のパイオニア的大家さんである青木純さんの取材をする機会があり、話を聞くほど大家業の仕事が楽しそうに思えてすぐに影響を受け、大家業を継ぐことを決めたそうです。

★トダビューハイツ外観_1920

荒川区生まれ、ド下町育ちの戸田さんですが、当初は自身と同じ年代の女子に好んでもらえそうな、「ほっこりオシャレな下町」ブランディングの物件にすることを目指していました。

青木さんの影響から、和室の襖とトイレの床を入居者の好みのものに貼り替えられるカスタマイズ賃貸をはじめ、自らWebデザインができる強みをいかして、若い女子がかわいい!と思うようなホームページを作りました。

25歳という年齢×下町物件の大家さんという組み合わせのキャッチーさから「大家女子」としてメディアで取り上げられたのを機に、同年代の若者女子から直接ホームページ経由の問い合わせが殺到しました。


と、ここまでは順風満帆。狙い通りの大家業の船出かと思いきや、なんとそこから10ヶ月間、内見は多数入るも当時3部屋あった空室にまったく1つの申込みも入りませんでした。


泣きそうになるほど落ち込み、自分には向いていない仕事だと失望し、祖母に再び大家業のバトンを戻そうとした頃、大家女子としてバズるキッカケとなった記事を書いてくれたメディアの方や現在の戸田さんの夫から、「トダビューハイツの魅力はカスタマイズでおしゃれにすることではなく、今のままの自然体の状態にあるんじゃない?」とアドバイスを受けました。

★浴室

「トイレの床がタイルだなんて、女子は嫌がるんじゃないか?」

「荒川区の下町っぽさをそのまま見せたところで、女子ウケなんてするわけがない。」


そう思い込んでいた戸田さんにとって、なんとかよりよく物件を見せないと、と力みまくっていた肩の力が、いい感じに抜けた瞬間だったそうです。

★トダビューハイツについて


おっちゃん物件、トダビューハイツの誕生

「もしかして、自分の中には間違った思い込みがあったのかもしれない。」と思い直して、新築当時からの住人の方や地元の方々にもお話しを聞いてみたところ、全員が「今のままの荒川での暮らしが快適であり、なにも変わる必要はない。」という意見を持っていました。

このことに気付いてから戸田さんは、当時ホームページを見て内見にくる女子が物件に着くやいなや、100%の確率で顔を曇らせている理由が分かったそうです。


精一杯背伸びして、おしゃれで素敵なイメージで打ち出していたホームページを見て内見申し込みをした方々の描く理想の姿と、物件周辺に広がるド下町な光景の間の大きなギャップに、おしゃれ好き女子のハートが完全に粉砕されていたのです。

そこで戸田さんは、エレベーターなし、築40年のトダビューハイツを不器用なおっちゃんに擬人化し、頑張り過ぎず、キラキラに盛ることのない、あるがままの荒川区の下町の姿を伝えるコンセプトへとホームページを一新しました。

この路線変更が見事にハマり、10ヶ月鳴かず飛ばずだった空室が徐々に埋まりはじめ、念願の満室を達成することになります。1部屋目に初の申込みが入った時は、うれしすぎて本気で泣いたそうです。

★マップ


「時々」イベント。DIY「も」可能。

トダビューハイツでは時々、マンション内で落語会(戸田さんは大の落語好き)をしたり、住人の方々と干し柿を作ったりといったイベントが催されます。

また壁棚の造作や壁面塗装などのDIYも可能になっていて、事前に戸田さんに相談のうえ改装承諾が得られた箇所については、原状回復義務を免除しています。


この「時々」の頻度が年に一回あるかないかである、というのが、僕個人としてとても興味を持った部分です。

ホームページのイベント記事が2017年12月の更新で止まっていて、「時々」って具体的にどんな頻度だっけ?と広辞苑を調べたくなるほど控えめな頻度。笑


また、「DIYも可能」とホームページに書かれている、この「も」が個人的にツボでして、当初戸田さんがカスタマイズ賃貸でブランディングしていこうと力んでいた肩の力がいい感じに抜けている象徴的な「も」なんじゃないかと思うわけです。

その証拠に、そこまでガッツリとDIYをしている写真はホームページに載っていません。笑

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戸田さん本人はのんびりやさんで、コミュニケーションは大好きだけど、イベントやってイェーイ!みたいなノリはないし、ご近所さんとは仲良くしたいけど、無理にベタベタしたいとは思わない、というドライさも併せ持ったキャラクター。

そんな彼女も、専業ではないとはいえ大家業を仕事としてやっていくと決めた以上、いろいろと情報収集をする中で、他の大家さんたちによる、まちとの関わりや住人同士のコミュニティから立ち上がるイベントの素敵な写真たちに心惹かれる想いはあったはずです。


すでに大家業も5年目を迎え、荒川区の方々との接点が急増している戸田さんは、すでに地元の住人たちにとってよく知られた存在になっています。

彼女のnoteTwitterも、発信すればいいねやDMなどかなりの反響が戻ってくるようになっています。

そして彼女は今、「想像建築」というプロジェクトをはじめ、新たに祖母から引き継いだ荒川区の小さな土地に小さな建物を新築しようとしており、今はまだ更地の土地に人工芝を引いて「時々」イベントをしますが、こちらもちゃんと人が集まってきています。


「頑張って定期的に」イベントを開催すると意気込んでしまうと、またホームページの方向性で最初にコケたことを繰り返してしまうことを知っていて、無理せず自然体でいられている。

この、戸田さんの肩の力が抜けたことによる好循環のループってなんだろう?と、先日のトークイベントを終えてから考えていました。

★眺望_1920


これでいいのだ!

ここで話が急にぶっ飛びますが、この戸田さんの状態を表現するためにいったん話を抽象化する必要があったので、しばしお付き合いください。


赤塚不二夫先生による不朽のギャグ漫画「天才バカボン」のバカボンのパパ、と言えば「これでいいのだ!」のセリフがあまりにも有名ですよね。

僕は赤塚先生とお話ししたこともないので真偽は不明ですが、バカボンという名前の由来は、聖なる者、徳ある者、賢者、あるがままを受け入れる境地の覚れる者という意味のサンスクリット語の「Bhagavad(ヴァガバッド)」からきているとか。これが中国に伝えられると「婆伽梵(バカボン)」となったそうです。


若かりし頃、赤塚不二夫さんの家に居候をしながら芸能界デビューをし、2008年の赤塚先生の葬儀では白紙を持ちながら弔辞を読んだタモリさんが、

「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。

それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。

この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」


と述べられたことからも、「これでいいのだ」は、悟りの境地を一言で言い表したものだと言われています。


※タモリさんの伝説の弔辞のYouTube動画はこちら(上記部分は4:54〜)


話はかなり脱線しましたが、要するになにを言いたかったのかというと、戸田さんの今の力の抜けた感じが、「これでいいのだ」状態に近いのではないかと思ったわけです。

ほっこりオシャレな女子に向けて、頑張ってキラキラに盛ろうとした狙いが10ヶ月の空室という形で見事にはずれ、荒川区のあるがままを受け入れ、前向きに肯定した瞬間に、すべてがうまくまわり始めたということ。

荒川区で生まれ育った彼女の中ではあたりまえのことであり、魅力として捉えられていなかった下町暮らしのチャーミングさを、あるがままを受け入れたことにより発見できたこと。


「自分の住んでいるまちには、特筆すべき魅力がない」と考える方はとても多いと思いますが、それは普段の自分が広角レンズで風景を切り取るようにピントを合わせているからであって、それを望遠レンズやマクロレンズで切り取るイメージでまちを見返すと、自分のまちの知らなかった魅力を発見できるのかもしれない。


このトークイベントを経て、僕自身、そう気付いてハッとさせられました。


こんなことを考えながら、「あれ、この感じってなんだっけ?」と頭の中の記憶をさぐっていたところ、先程のタモリさんの弔辞を思い出して、自分なりに合点がいった次第です。

★室内_1920


キラキラしなくていい

少しでも素敵な大家さんになりたいと願い、情報収集をすればするほど、他の大家さんのキラキラしたストーリーに憧れを持ち、目指してしまうことってあると思います。

それ自体は全然間違っていないし、目指したっていい。


でも、本当にそれはそのまちや建物で暮らす方にとっても目指すべき方向なのか?そして、なにより自分自身が背伸びや無理をしすぎていないか?


目指すべき大家さん像について、自分自身を見失いかけているかも?と思ったときには、戸田さんのストーリーや「これでいいのだ!」の精神を思い出していただくと、気負わず大家業が楽しめるかもしれません。


戸田江美さんの活動の内容やSNSはこちらにまとまっています▼
https://lit.link/todaemi


戸田さんのスタンスがよく伝わってくるnoteの名記事!
「コミュニティ」は重いけど、「関わりしろ」は欲しい▼
https://note.com/todaemi/n/nff0b0be34954


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