0927_01全体風景

【イベントレポート/京都PJ/9月27日活性化だけじゃないまちづくりの選択肢/@京都・KRP町家スタジオ】

こんにちは!
ムラツムギのつじです。
今回は、9月27日に私たちが京都で開催しましたイベントの報告をしたいと思います。

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目次
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①はじめに
②オープニングトーク「ふるさとの看取り方」
③「集落のエンディングノート」プロジェクトのご紹介
④トークセッション「地域の現実と、これからの地域のあり方」
⑤まとめ

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①はじめに
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ムラツムギ京都プロジェクトでは、今年の4月から「もしも集落のエンディングノートをつくったら」というワークショップ、フィールドワークに取り組んできました。
今回、上半期の活動報告を兼ねて、「地域活性化だけではないまちづくりの選択肢」と題して、人口減少が進む地域の未来について関心を持つ方々に集まっていただいて、意見交換や情報交換を行う場を設けさせていただきました。

平日の夜に、堅い内容のイベントに人が集まってくれるかな、、、と運営一同心配していたのですが、地域おこし協力隊、自治体の職員、研究者の方など、定員を大きく超える34名の方々にお越しいただき、大盛況となりました。(ご参加いただいた方には、狭い空間でご迷惑をおかけいたしました・・・)
それでは、当日の様子をダイジェストでお伝えしていきます。


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②オープニングトーク「ふるさとの看取り方」
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0927 02 田中スピーチ

はじめに、アメリカ留学中のムラツムギ代表田中佑典と中継でつなぎ、ムラツムギの立ち上げのきっかけを紹介してもらいました。

田中さんは、奈良県内の村で幼少期を過ごした原体験から「活性化できない地域もある」と感じていたそうです。

「活性化ができる地域は、活性化に向けてがんばったらいいと思う。でも、絶対に活性化できない地域だって、あると思うんです。」

その後、総務省の職員となった田中さんですが、ある日、住民がふたりだけの集落に会いに行ったとき、「会いに来てくれただけで喜んでくれた」という経験をしました。自分は集落を離れたことに罪悪感を持つ中で、そのように感謝していただけたことで、「活性化だけが答えではない」という思いを持つようになったとのことです。
そして、2018年の春、京都府綾部市でコミュニティナースをしていた佐藤さんと出会い、今年、ムラツムギを立ち上げました。

今、アメリカでは、お片付けコンサルタントの「こんまり」さんがブームになっています。その背景には、「あえてモノを手放すこと」が評価される風潮がある、と田中さんは感じています。

これから日本社会全体が縮小していく中で、ムラツムギの取り組みは、「こんまり」さんの「モノの手放し方を伝える」活動に通じるものがあり、必要な考え方ではないか、田中さんの話は締めくくられました。

----------------------------------------------------------③「集落のエンディングノート」プロジェクトのご紹介
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0927 03佐藤スピーチ2

続いて、ムラツムギ副代表の佐藤春華より、「もしも集落のエンディングノートをつくったら」ワークショップとフィールドワークの報告がありました。

佐藤さんは、看護師として終末期医療に携わった後、綾部市コミュニティナースとなりました。
地域を回る中で、住民たちの視野には「集落はいつか終わるかもしれない」ということがないことに気付き、「集落の緩和ケア」という考え方があってもよいのではないか、と考えるようになったそうです。

「がんばっても活性化できない村の人たちに、もっと頑張れって言うことが、本当に良いことなのかな。もしかすると、活性化ではないところに、+αの幸せがあるんじゃないのかな。」

そんな佐藤さんのメッセージに共感した人たちが集まり、今年4月から「地域の終わり」を見据えた活動のための「集落のエンディングノート」づくりが始まりました。

しかし、ワークショップを重ねて作ったノートを地域に持ち込んでも、「エンディングノート」の話を切り出すことはできなかったといいます。

みなさんは、「キューブラー・ロスの喪失の5段階説」をご存じでしょうか。
人が死を受容するまでには、5つの段階があるといわれ、医療従事者は、患者がこの段階を乗り越えていけるよう寄り添います。

画像3

出典:日本心理カウンセリング協会HP             

集落も同じように、この5段階を経て終わりを受け入れるのではないか、そのためのケアが必要なのではないか、と考えました。

「訪ねた先の地域住民さんたちの、+αの幸せって?」
「地域住民さんたちと、本音で語り合える関係を築きたい。家族や周りの人とも含めて、そんな場をつくりたい」

看護師として緩和ケア病棟にいたころ、患者さんに最後まで寄り添うことで「最期までよく生きた。生きて良かった」と患者さんが感じてくれることを知りました。

そんな気持ちから、「地域の人たちのそばにいて、声をかける」という役割があっても良いと思うし、これからも集落の寂しさに寄り添いたい、と考えています。

そういう考えを、「集落のエンディングノート」としてまとめて、みんなに使ってもらえたらいいな、ということでした。

〜〜〜〜会場の参加者からいただいたご意見〜〜〜〜
「地域住民の家族は、ふるさとをどう思っているのか。聞いていたら教えてほしい」
「地域住民がやりたいことに寄り添ってあげたほうがよいと思う。例えば、お祭りを地域住民だけでできなくなったとき、それでも地域外の人に入ってほしくない、ということもある。やりたいことやしてほしいこと、を聞いて寄り添うというのが良いと思う。」

「集落がいつかなくなってしまうこと、を議論すること自体に意味があると思う。誰かが議論しないと、誰にも気が付かれないまま集落がなくなってしまっていたと思う」

「京都は、かつて自らの意思で離村した集落がある地域。これができたのは、まだ人口が多く意思決定する力があったからだと思っている。3,4人の村になってしまったら、そのように自分で意思決定することはできないだろう。その意味で、おせっかいかもしれないがこうした活動に注目したい」

以上のようなご意見をいただきました。

実際、フィールドワークの際に、地域住民さんの親族の方から
「集落の終わりって考えないといけないのかな。このままそっとしておくのではダメなのかな」と言われたとき、佐藤さんは何も答えられなかったそうです。
「集落の寂しさに寄り添う」とは例えばどういうことなのか、自分たちももっと議論を深めていかなければならないなと感じています。

また、
「趣旨には共感するが、正解のない問いである」
という感想も多くいただきました。

----------------------------------------------------------④トークセッション「地域の現実と、これからの地域のあり方」
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0927 05 トークセッション

続きまして、会場のみなさんも交えたトークセッションを行いました。

今回、ゲストスピーカーとして、京都移住計画の田村篤史さんにもご参加いただきました。
田村さんは、「いつか京都に住みたい(戻りたい)」という方々と、京都のコミュニティ(居)、仕事(職)、住まい(住)とを繋ぐ事業をされています。
最初に、事業をされる中で聞いたこと、感じていることについてお話をいただきました。

ある地域へUターンした学校の先生から聞いたお話として
「先生、うちの子に勉強を教えないでください。あまり勉強ができるようになると、都会へ出て行ってしまいます」
と、生徒の親御さんからいわれることがあるのだそうです。

そんな話を聞いてモヤモヤした気持ちになることもしばしばで、
もしかすると、移住対策という課題解決が、別の課題を生んでいるのかもしれない、とのことでした。

そして、
「地域が」ではなく、「人が、どう生きていきたいのか」
という視点から、次のようなメッセージをいただきました。

・「頑張る場所」や「頑張り方」を、考えたほうが良いかもしれない。
・「がんばるか否か」の線引きのタイミングは?
・「集落のエンディングノート」と言われてもあまりうれしくない。それよりも「話を聴いて、物語として伝えていくこと」が、外部の人にできることではないか。

それに対して、いただいたご意見を少しご紹介します。
〜〜〜〜パネリストと参加者のディスカッションより〜〜〜〜
「人も集落も同じだと思う。
積極的治療と緩和ケアのどちらにするのか、という選択をするのは自分自身。どちらの選択が幸せなのか、を周りの人と一緒に考えるのが大事ではないか。」

「集落の意思が個人全員の意思なのかは、わからない。
集落の看取りを考えようとしても、そこが難しい。」

「小さな集落を維持するための社会的コストを考えてしまうことが、その集落の住民の心の負担を大きくしてしまう可能性がある反面、果たしてその集落だけで決めてしまっていいのかという考え方もある。」

「行政はどんな地域に対しても活性化ありきでしか動けないという現状がある。それに代わる存在として、地域後見人のような役割が必要ではないか。」

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⑤まとめ
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0927 06 交流タイム2

その後の交流タイムでも、参加者の皆さん同士で活発な意見交換をしていただき、大変盛り上がりました。

今回のイベントを通して、色々なご意見やアドバイスをいただきました。
・地域に住む人たちの意見はさまざまであり、ひとつの答え=地域の意思 をくみ取ることはとても難しい。
・「自分はどう生きたいのか」という、正解のない問いに向き合うようなテーマである。
・「集落のエンディングノート」はやっぱり受け入れがたいのではないか。

まだまだ試行錯誤をはじめたばかりで、答えが見つかっていない中でのイベントとなり、皆様にもかえって悩みを深めてしまったかもしれません。一方で、私たちは、当事者である方々と実際にお話ししてきたからこそ、「壁にぶつかっている」という手ごたえも感じています。

今回いただいた多くのヒントをもとに、ムラツムギでは「活性化だけじゃないまちづくりの選択肢」をより具体的に提示できるよう、フィールドワークを重ねていく予定です。

最後になりましたが、ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました!また、今後もこのようなイベントを開催していくことにしていますので、今回は残念ながら参加できなかった皆様にもぜひご参加いただけましたら、幸いです。

NPO法人ムラツムギへのサポートをお待ちしております!集落の調査研究及び発信活動、行政機関等と連携した試験事業を主軸に、「集落のおわり」を考える活動を行っています。皆様の貴重なご寄付は、主に調査研究費・団体維持費として活用させていただきます。