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Holding Your Hand 2/7

 およそ一年後、アコの中に二人目の生命が宿った。その年の春にはいくつかの転機があって、やりがいを感じる仕事が始まったり、美術系の大学院に通い始めたりした。将来の方向性が見えてきたからか自分のことで精一杯という感覚も和らぎ、夏を迎える頃には「子どもがいてもいい」と思えるようになっていたのだ。

 

 そんな喜びの中病院で初診を受けると、あろうことか再び「心臓が動いてません」と知らされた。会社を抜け出して病院に行っていたのだが、戻ることなど到底できなかった。

「念のため、一週間後にもう一度来てください」と言われていたので、後日また病院へ足を運んだ。すると、心臓が動いていることを確認できた。「今回も流産するのだろうか」という疑念は晴れ、彼女は胸をなでおろした。

 その時期にはすでに八週目を迎えていたのだが、出産を確証できる段階ではなかった。また、妊娠から半年ほど経っても死産になることはあり、「またいつかいなくなってしまうんじゃないか」という心配は拭えなかった。出産しても子どもや母親、あるいは両者とも亡くなってしまう場合だってあるし、無事に生まれるまでは心の底から安心することなどできない。そんな不安から、アコは妊娠していることを極力周囲へ言わないようにしていた。

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 間もなく始まったつわりは、想像していたより何倍もきつかった。食べ物の匂いはおろか、写真を見るだけでも嘔吐してしまったり、道端でえずいてしまったりした。食欲は皆無に等しく、ほとんど水と点滴だけで生き永らえている状態だった。

 妊婦であることを示すようなものは何も身につけていなかったので、通勤電車に乗ってもアコに席を譲る乗客はいなかった。体重が五キロも減ってしまって座りたかったけれど、バッグにつけたキーホルダーを職場の人から見られたくなかったのだ。一駅ごとに降りてはトイレに駆け込んだり、間に合わなくてホームで吐いてしまうこともあった。胃が空っぽに近いので、時たま喉から出る血以外は戻すものもなかったのだけれど。

 夜もなかなか寝付けず、一秒一秒が気の遠くなるほど長く感じられた。当時つけていた妊娠向けアプリのメモを見返しても相当病んでいて、任侠ものなどぶっ飛んだ内容の映画を観ていないと正気でいられなかった。


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