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Holding Your Hand 5/7

 一週間は家族と面会できなかったので、ほとんど二人きりで過ごした。実を言うと出産する前は、「言葉の通じない赤ん坊と七日間も過ごすのか」と思っていた。どちらかと言えば子どもは苦手なほうだったし、泣き声が聞こえてくると耳障りに感じるタイプだったので、大丈夫だろうかとソワソワしていたのだ。

 結局、それは杞憂だったどころか幸せでしかない時間だった。眠っている息子の顔を、「起きないかな?」と期待しながら飽きもせずに覗き込んでいた。愛おしい存在がすぐ近くにいて、しかも独り占めできる幸福をひたすら感じ続けていた。

 アコはその日々を振り返るといつだって、「戻れるなら戻りたい」と思う。もちろん今生きている人生も幸せなので、現在という時間と並行してあの過去へ戻れるのなら、何度でも戻りたいと強く思うのだ。

 

 穏やかで、時間がどこまでもゆっくりと流れていて。移り変わる天気や、カーテンを抜けて入ってくるそよ風を感じながら息子の寝息に耳を傾けて。妊娠に伴う症状の厳しさもあって、そんなふうに五感を巡らせる余裕がずっと無かったからこそ。その部屋の中で起きているすべて、一つひとつのことを心ゆくまで感じていた。

 嬉しすぎて、一瞬一瞬の記憶を忘れたくなくて、以前は続かなかった日記を再びつけ始めた。自分の生活だけでは筆が進まなかったけれど、息子との毎日ならいくらでも書き記せるような気がした。

 出産の前後で世界の捉え方がどれほど変わったかを思うと、アコは感嘆せずにいられなかった。薄暗くて孤独だった場所にようやく、温かい日差しが取り戻されたのだった。

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 それから一年半ほど経った今、アコがとりとめもなく思うこと。

 息子の世話をしていて、「一人じゃ本当に何もできないんだ。私に何かあったらすぐに死んでしまうんじゃないだろうか?」と考える時がある。以前の彼女であれば、そんな子育ての大変さを感じてストレスを抱えていたかもしれない。

 けれども今は、「何もできなくたっていい。ただいてくれるだけでいい」と本気で思っている。存在してくれていればもう充分で、息子はそんな幸せをむしろ与えてくれているのだ。

 いろいろと手は焼くけれど、そこにある愛が一方的だとは思わない。彼は「愛すること」を与えてくれていて、人は本当にただいるだけでいいのだという一つの真実を、いつも思い出させてくれるから。

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