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製薬業界のDXとは?課題や事例について解説

近年、製薬業界においてデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が急速に高まっています。AI創薬やバーチャル治験など、革新的な取り組みが次々と登場し、製薬ビジネスの未来を大きく変えようとしています。しかし、その推進には様々な課題も存在します。

本記事では、製薬業界でDXが求められている背景や、DXを進めるべき主要分野、直面する課題、そして成功事例を詳しく解説します。中外製薬やアストラゼネカ社などの先進的な取り組みを紹介しながら、効果的なDX推進のポイントを探ります。


DXとは?

デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術を活用して企業のビジネスモデルや組織を変革し、競争力を高めていく取り組みを指します。単なるITの導入やデジタル化とは異なり、DXは企業文化や業務プロセス全体を見直し、新たな価値を創造することを目指しています。

製薬業界においても、DXは避けて通れない重要な経営課題となっています。研究開発の効率化や新薬創出の加速、患者中心のヘルスケアサービスの提供など、DXによって製薬ビジネスの未来が大きく変わろうとしています。

製薬業界でDXが求められている理由

製薬業界でDXが求められている背景には、以下のような要因があります:

  1. 事業コストの削減

  2. 感染症対策

  3. 業務や知識の属人化

  4. 住民サービスの向上

事業コストの削減

近年、新薬開発のハードルが高くなっており、日系製薬企業にとって新薬を継続的に創出することが困難になっています。その理由として、以下が挙げられます:

  • 薬剤費抑制政策

  • 創薬手法の遅れ

  • 小規模な投資

  • 後発医薬品の推進による長期収載品の薬価引き下げ

このような状況下で、創薬にかかるコストを抑えることが強く求められています。そこで注目されているのがAI創薬です。AIを活用して新薬開発を効率化・加速化することで、研究開発の期間短縮とコスト削減を図ることができます。

例えば、中外製薬が開発したAI技術「MALEXA(Machine Learning x Antibody)」は、抗体医薬品の創薬プロセスを変革しました。MALEXAは、大量のアミノ酸配列データをパターン学習し、膨大な量の抗体配列パターンを自動で作成・評価することで、最適な抗体配列パターンを短時間で見つけ出すことを可能にしています。

感染症対策

COVID-19パンデミックを契機に、製薬業界でもデジタル化が急速に進みました。例えば、以下のような取り組みが行われています:

  1. MR業務のデジタル化:オンラインチャネルを通じた医療従事者への情報提供

  2. バーチャル治験:遠隔での臨床試験実施

    • 感染拡大防止

    • 幅広いデータ収集による医薬品開発の質向上

    • 参加者の負担軽減(通院回数の減少など)

    • 希少疾患の治験促進

    • 開発期間の短縮とコスト削減

  3. オンライン服薬指導:スマートフォンやパソコンを活用した遠隔での服薬指導

これらのデジタル化により、感染リスクの低減だけでなく、業務効率の向上や患者の利便性向上にもつながっています。

業務や知識の属人化

製薬業界の業務や知識は属人化しやすい傾向にあります。特に、医薬品開発には長期間を要し、膨大な資料が蓄積されるため、属人化のリスクが高くなります。

属人化は以下のような問題を引き起こす可能性があります:

  • 業務効率の悪化

  • 業務品質の不安定化

  • 生産性の低下

これらの課題に対応するため、膨大な情報をデジタル化して管理し、業務や知識の標準化を進める取り組みが行われています。

住民サービスの向上

地方自治体と製薬企業が包括連携協定を結び、住民サービスの向上を図る動きが広がっています。この背景には、以下のような要因があります:

  • 地域包括ケアシステムの構築

  • 健康づくり施策の推進

  • 専門性の高い企業への協力ニーズ

地方自治体のDX推進に伴い、連携する製薬業界にもDXが求められています。ただし、このような取り組みは公益性が高く、営利目的ではないことに注意が必要です。

製薬業界がDXを進めるべき分野

製薬業界でDXを推進すべき主な分野は以下の4つです:

  1. 研究開発

  2. 営業活動

  3. 異業種との連携

  4. 在庫管理

研究開発

研究開発分野でのDX推進は、以下のような効果が期待できます:

  • ビッグデータ活用によるデータサイエンスの導入

  • 治験のリモート化による効率向上

  • セキュリティ強化によるデータ保護

例えば、中外製薬のAI創薬技術「MALEXA」は、抗体医薬品の研究開発プロセスを大きく変革しました。MALEXAにより、研究スピードの向上だけでなく、研究員が考えるよりも優れた結合強度を持つ抗体配列パターンの取得に成功しています。

営業活動

MR(医薬情報担当者)の活動におけるDXは、以下のような効果をもたらします:

  • 情報提供のオンライン化

  • 人的コストの削減

  • 業務効率の向上

COVID-19パンデミックを契機に、MR活動のデジタル化が加速しました。オンラインチャネルを通じた情報提供により、医療従事者の利便性向上や情報提供の効率化、コスト削減を実現しています。

異業種との連携

医療DXの推進により、異業種との連携が活発化しています。例えば:

  • 金融機関との連携:認知機能に応じた金融取引サービス

  • IoT企業との連携:高齢者見守りサービス

  • フィットネス業界との連携:患者の運動療法支援

このような異業種連携により、事業範囲の拡大や新たなサービスの創出が可能となります。

在庫管理

医薬品の在庫管理におけるデジタル化は、以下のような効果をもたらします:

  • 発注・出庫作業の効率化

  • データ分析による適切な在庫管理

  • ヒューマンエラーの削減

  • 作業時間の短縮

  • 人手不足の解消

デジタル化により、在庫管理にかかる負担が軽減され、業務効率が大幅に向上します。

製薬業界のDXの課題とは

製薬業界でDXを推進する上で、以下のような課題があります:

  1. 患者への普及率

  2. 導入コスト

患者への普及率

製薬業界特有の課題として、DXサービスの患者への普及率の低さが挙げられます。例えば、バーチャル治験に関しては、以下のような課題があります:

  • 一般的な認知度の低さ

  • 患者のオンライン治験への不安

  • 個人情報漏洩やプライバシー侵害への懸念

  • デジタル機器利用が困難な患者の存在

これらの課題を克服するためには、患者や利用者にDXの必要性や利便性を理解してもらうための取り組みが重要です。

導入コスト

DXの導入には、外注と内製の2つのアプローチがありますが、それぞれに課題があります:

  1. 外注の場合

    • 外注費用の負担

    • コミュニケーションコストの発生

  2. 内製の場合

    • IT知識・技術の必要性

    • IT人材の確保・育成

    • 運用コストの負担

これらのコストを抑えるため、クラウドサービスの利用などの対策が考えられます。

製薬業界へのDX導入のメリット

製薬業界へのDX導入には、以下のようなメリットがあります:

  1. 患者の利便性向上

  2. 業務の効率化

  3. 災害対策

患者の利便性向上

DXによる患者の利便性向上の例:

  • 非対面での処方薬受け取り(感染リスク低減)

  • 処方薬の自宅配送

  • 電子版お薬手帳による服薬情報の一元管理

  • 電子処方箋による適切な投薬

業務の効率化

DXによる業務効率化の例:

  • 医薬品の在庫管理・事務作業の効率化

  • 患者・研究開発情報の効率的な共有

  • 属人化した業務の標準化

災害対策

DXは事業継続計画(BCP)の観点からも有効です:

  • クラウド型システムによる情報アクセスの確保

  • 工場間ネットワークによる安定供給体制の構築

ただし、サイバーセキュリティリスクにも十分な注意が必要です。

DX人材に適した職種

製薬業界のDXを推進するためには、適切な人材の確保・育成が不可欠です。情報処理推進機構(IPA)は、DX推進に必要な人材として以下の6つの職種を定めています:

  1. DXプロデューサー

  2. DXアーキテクト

  3. データサイエンティスト

  4. UXデザイナー

  5. エンジニア

  6. サイバーセキュリティスペシャリスト

これらの職種について、詳しく見ていきましょう。

DXプロデューサー

DXプロデューサーは、組織全体のDX戦略を立案し、推進する役割を担います。主な責務は以下の通りです:

  • 経営層とのコミュニケーション

  • DXビジョンの策定

  • 全社的なDX推進計画の立案

  • 各部門との連携・調整

製薬業界では、業界特有の規制や慣習を理解しつつ、デジタル技術の可能性を見極められる人材が求められます。

DXアーキテクト

DXアーキテクトは、DX戦略を実現するための技術的な設計を行う役割です。主な責務には以下があります:

  • システム全体のアーキテクチャ設計

  • 新旧システムの統合計画立案

  • クラウド移行戦略の策定

  • データ活用基盤の設計

製薬業界では、研究開発データや臨床試験データなど、機密性の高い大量のデータを扱うため、セキュアで拡張性の高いアーキテクチャが求められます。

データサイエンティスト

データサイエンティストは、大量のデータから価値ある洞察を導き出す専門家です。製薬業界では特に重要な役割を果たし、主な責務には以下があります:

  • AI創薬のためのデータ分析・モデル構築

  • 臨床試験データの高度な分析

  • 市場動向予測

  • 患者データの分析によるパーソナライズド医療の実現

例えば、中外製薬のMALEXAのような革新的なAI創薬技術の開発には、高度なデータサイエンスの知識が不可欠です。

UXデザイナー

UXデザイナーは、ユーザー体験(UX)を最適化する専門家です。製薬業界でのUXデザイナーの役割には以下があります:

  • 患者向けアプリケーションの設計

  • 医療従事者向けシステムのインターフェース設計

  • バーチャル治験プラットフォームのユーザビリティ向上

例えば、アストラゼネカ社の臨床試験支援ツール「Unify」の開発では、患者体験を重視したUXデザインが成功の鍵となりました。

エンジニア

DXを実現するためには、様々な専門性を持つエンジニアが必要です。製薬業界で求められるエンジニアの例:

  • クラウドエンジニア:クラウド基盤の構築・運用

  • モバイルアプリ開発者:患者向けアプリケーションの開発

  • IoTエンジニア:ウェアラブルデバイスとの連携システム開発

  • AI/機械学習エンジニア:AI創薬アルゴリズムの実装

サイバーセキュリティスペシャリスト

製薬業界では機密性の高いデータを扱うため、サイバーセキュリティの確保は極めて重要です。サイバーセキュリティスペシャリストの主な責務:

  • セキュリティポリシーの策定

  • システムの脆弱性診断

  • インシデント対応計画の立案・訓練

  • 従業員向けセキュリティ教育

特に、クラウドサービスやIoTデバイスの活用が進む中で、新たなセキュリティリスクへの対応が求められています。

DX人材の不足を解消できる3つの手段

製薬業界におけるDX人材の不足は深刻な課題です。この課題に対処するため、以下の3つの手段が考えられます:

  1. 社内人材の育成

  2. 外部人材の採用

  3. 外部パートナーの活用

社内人材の育成

既存の従業員をDX人材として育成することは、長期的な視点で見ると最も効果的な方法の一つです。中外製薬の事例を参考に、効果的な育成方法を見ていきましょう。

中外製薬は、「CHUGAI DIGITAL ACADEMY」という人材育成プログラムを2021年から実施しています。このプログラムの特徴は以下の通りです:

  1. 階層別アプローチ:

    • スタッフ層

    • マネージャー層

    • 経営層

  2. 優先育成職種の設定:

    • デジタルプロジェクトリーダー

    • データサイエンティスト

  3. 実践的なプログラム:

    • Off-JTとOJTの組み合わせ

    • 9か月間の長期プログラム

    • 年間3回開催

このような体系的な育成プログラムにより、社内のDX人材を着実に増やすことができます。

さらに、中外製薬では「デジタルイノベーションラボ」という取り組みも行っています。これは、全社員からDXに関するアイデアを募集し、実際にプロジェクト化する仕組みです。この取り組みにより、社員のDXへの意識向上とスキル習得の機会を提供しています。

外部人材の採用

即戦力となるDX人材を確保するためには、外部からの採用も有効な手段です。ただし、製薬業界特有の知識や経験も必要となるため、以下のような方策が考えられます:

  1. 異業種からのDX人材採用:

    • IT企業や製造業など、DX先進企業からの転職者を採用

    • 製薬業界の知識は入社後に教育

  2. 新卒採用の強化:

    • データサイエンスやAI専攻の学生を積極的に採用

    • インターンシッププログラムの充実

  3. 副業・兼業人材の活用:

    • 特定のプロジェクトや短期的な取り組みに外部のDX人材を活用

外部パートナーの活用

すべてのDX機能を自社で保有することは困難であり、効率的でもありません。外部パートナーを適切に活用することで、DX推進を加速させることができます。

  1. コンサルティング企業との連携:

    • DX戦略の立案支援

    • ベストプラクティスの提供

    • チェンジマネジメント支援

  2. ITベンダーとの協業:

    • システム開発・導入支援

    • 最新技術の提供

    • 運用・保守サポート

  3. スタートアップ企業との提携:

    • 革新的な技術やサービスの導入

    • アジャイルな開発手法の活用

    • オープンイノベーションの推進

例えば、アストラゼネカ社は臨床試験デジタルソリューション「Unify」の開発・展開において、アクセンチュアやアマゾンウェブサービスと協力しています。このように、自社のコア・コンピタンスを活かしつつ、外部パートナーの強みを組み合わせることで、効果的なDX推進が可能となります。

まとめ

製薬業界のDXは、研究開発の効率化、臨床試験の変革、患者中心のヘルスケアサービス提供など、幅広い領域で進展しています。AI創薬やバーチャル治験など、革新的な取り組みが次々と生まれており、業界の未来を大きく変えようとしています。

一方で、DX推進には様々な課題もあります。患者への普及率向上や導入コストの問題、そしてDX人材の不足など、克服すべき課題は少なくありません。

これらの課題に対処するためには、経営層のコミットメント、全社的な推進体制の構築、人材育成への投資、そして外部パートナーとの効果的な連携が不可欠です。中外製薬やアストラゼネカ社の事例が示すように、戦略的かつ体系的なアプローチによって、着実にDXを推進することが可能です。

製薬業界のDXは、単に効率化や

コスト削減を目指すものではありません。最終的には、革新的な医薬品をより早く患者に届け、個々の患者に最適な医療を提供することを目指しています。そのためには、デジタル技術の活用だけでなく、組織文化の変革や、患者を中心に据えた思考への転換が必要です。

DXは終わりのない旅路です。技術の進化とともに、新たな課題や機会が常に生まれます。製薬企業は、この変化に柔軟に対応しながら、継続的にDXを推進していく必要があります。そうすることで、患者のQOL向上と、持続可能なヘルスケアシステムの構築に貢献できるでしょう。

製薬業界のDXは、まさに人類の健康と福祉に直結する重要な取り組みです。その成功は、私たち一人一人の生活に大きな影響を与える可能性を秘めています。今後の製薬業界のDXの進展に、大いに期待が寄せられています。

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