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ポール・バーホーベン監督の「スターシップ・トゥルーパーズ」レビュー「本作の製作意図を生真面目に当て推量するより巨大な昆虫に虫ケラの如く蹴散らされる「宇宙の戦士」という質の悪い冗談をゲラゲラ笑う作風である。」

「愛と青春の旅だち」と「エイリアン2」とをごった煮にし,
ひとりの青年が一人前の男へと成長する様を描いた物語。
…とは言えポール・バーホーベン謹製の物語故,普通の物語になる訳がない。
民主主義国家が崩壊し地球全体が「地球連邦」という名の軍事に特化した
全体主義国家に統一され最低2年間兵役に就かないと市民権が得られない。
故に地球連邦は「市民」と「一般人」というふたつの階層で区分され
一般人が普通に生きるためには様々な制約が課せられている。
高校時代をチャラチャラと無為に過ごしてきた主人公ジョニー・リコは
彼女であるカルメン・イバネスが高校卒業後,
宇宙戦艦を操舵する技能を学ぶため兵役に就きフリート・アカデミーに
進学することを希望しているとを知るや彼女の前で恰好をつけたいという
たったそれだけの理由から深い考えもなく自分も兵役に就き
機動歩兵となるために養成所に入隊することを希望する。
勿論両親は猛反対し一般人として
オックスフォード大学へと進学することを希望する。
リコは御大層な定見がある訳ではないので
卒業パーティーの席上で高校教師ラズチャックに相談したところ
「自分で選択することが本当の「自由」なのだ。
その「自由」を無駄にするな」
との助言を得る。
これで話は決まった。
リコは初めて親の意向に逆らい最低2年間の兵役に就くことを決断し
リコの決断を知った父親は彼を勘当する。
リコの決断が彼の人生を大きく変えてゆくことを
今はまだ知る由もないのであった…。

本作品は
作家ロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」を原作としている。
「宇宙の戦士」は1959年米国とソビエトが冷戦の真っ只中で
互いが互いを「仮想敵国」と見做していた時期に上梓されていて
その内容は「右寄り」であり
地球連邦軍対昆虫型エイリアンとの全面戦争を描いている。

バーホーベンは1938年7月18日オランダ・アムステルダムで生を受け
彼が小学生1年生のとき
ナチス・ドイツによるオランダ占領を実体験している。
またナチス・ドイツのV2ロケットの発射基地を無力化する,
との大義名分のもと連合国による爆撃をも実体験している。
戦争がもたらすものとは
おびただしい瓦礫の山と爆烈した「元人間」の血と肉だ。
次第にバーホーベンの心中で独自の戦争観,独自の死生観が形作られてゆく。
そんなに「戦争」が見たいのか?
そんなに「地獄」が見たいのか?
だったら見せてやろう俺がガキの頃,何を見て育ったのかをな…。

本作品では月から木星に跳べるワープ航法が確立されており
銀河の彼方にある敵エイリアンの母星における戦闘の模様が
生中継で地球で視聴可能な程,通信技術が進歩している。
しかしながら敵本星における戦闘で機動歩兵に配給されたのは
気休め程度の効果しか期待できない防護服と
ヘルメットと銃と小型核弾頭のみ。
原作小説では「モビルスーツ」の元となった
「パワードスーツ」が配給されていたのだが
バーホーベンは原作を採択せず
例えテクノロジーの進化が極めてイビツとなろうとも
先に述べた通り貧弱な装備で機動歩兵に突撃命令を下す案を採択した。
その結果,戦闘は悲惨極まりない近接戦となり敵本星に機動歩兵が
上陸してからたったの1時間で10万人の死者が出る有様。
しかも相手は装甲の厚い大型の昆虫の大群ときている。
そこには「昆虫に殺されるためだけに,この世に生を受けた人間などいない」などといった「人間の尊厳」など微塵も存在しない。

本作品に登場する地球連邦軍の軍服は
ナチス・ドイツの軍服に意図的に酷似するよう作られている。
軍服だけでなくナチス・ドイツの
プロパガンダ映画「意志の勝利」からも引用されている場面がある。
ワシントン・ポスト誌は本作品を「ナチズム礼賛映画である」と酷評した。
ここでバーホーベンの死生観を引用するとナチス・ドイツも連合国も
彼の故郷を踏みにじった点において「同類・同罪」であり
そこには「善」も「悪」もない。
バーホーベンにとっての「地球連邦」とは
あるときはナチス・ドイツでありまたあるときは連合国でもあるのだ。

バーホーベンが本作品について語るとき
「分かる人には分かる映画」とよく言っている。
SNSを覗くと本作品は「ナチズム礼賛映画」「反戦映画」
「戦意高揚映画」「ナチス・ドイツを笑い飛ばしたパロディ映画」等々
様々な解釈が飛び交っている。

僕はどこかの誰かが本作品をどう自分にとって都合がいいように解釈し
また利用しようと覚える感慨は何もない。
また僕は本作品に対して覚える感想と,
どこかの誰かと意見が一致した覚えは一度もない。
そりゃあ勿論その通りなのでしょうね。
僕と貴方は別人なのですから。
「それでいい」筈なのに統一見解を求めようとするから
バベルの混乱を招くのである。

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