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映画「サブウェイ・パニック」レビュー「「怪しからん!」で思考停止した状態で「作品の評価」など出来るのだろうか?」

ニューヨークを運行する地下鉄をハイジャックし,乗客・乗務員の命と
引き換えに1時間以内に現金100万ドルを用意するよう要求を出し
1時間以内に要求が満たされなかった場合,1分おきに乗客・乗務員を
殺害するとニューヨーク市交通局を通じてニューヨーク市長を脅迫する
4人組の男たち。
4人組のリーダー,ミスター・ブルー(ロバート・ショー)と虚々実々の駆け引きを演じるは地下鉄公安局のガーバー警部補(ウォルター・マッソー)。
刻一刻を争う駆け引きの応酬に視聴者の眼は釘付けとなる…。

本作品を制作するに当たってリアリティを高めるために
実際にニューヨークを運行する地下鉄(IRT線)をどうしても使用したい。
しかしながら鉄道会社は露骨に難色を示す。
鉄道会社は本作品を「参考」にして
模倣犯が現れることを懸念しているのだ。
折衝の結果,高額の使用料を支払うこと,万一に備えて保険をかけること,
本作品のエンドクレジットで
「(実際の)ニューヨーク市交通局は映画本編に
技術的なアドバイスを一切行っていない」
と表示することを条件にようやく鉄道会社は首を縦に振ったという。

ここで僕が思いを馳せる作品がある。
本作品と同年(1974年)に本邦で制作された「新幹線大爆破」である。
制作者側と日本国有鉄道(国鉄)側との折衝もまた難航した。
国鉄側の主張は以下の通り。
「現在週に1度の割合で「新幹線に爆弾を仕掛けた」と電話が
かかってきており,その度に最寄りの駅に新幹線を停車させ
車両を点検しているという実情がある」
「そうした状況で「新幹線大爆破」を上映した場合,
更に実情が悪化する恐れがあるので制作を取り止めて欲しい」
とのこと。
結局,どうあっても実際の新幹線は撮影に使用できず
新幹線の模型で撮影が行われたのである。

弓月光先生の「エリート狂走曲」(1978年)の中でも
ヒロインの唯が国鉄に
「友達が新幹線に爆弾を仕掛けたと言っている」
と電話し,新幹線を止める描写がある。

閑話休題

本作品の作中で職業婦人に対する問題発言,
ブラック・パーソンに対する問題発言,
そして何より作中に登場する映画の本筋とは何ら関係のない
「日本人」の描写の仕方を「現在の目線」で視聴すると
反感を覚える方が多いと思う。
本作品の尺の長さが約105分,そのうち日本語吹き替えが対応しているのは
DVDでは約96分であり,差分の約9分間の一部を問題発言・問題描写が
占めていることを僕は否定しない。

しかしながら本作品にはそうした難点を遥かに上回る「脚本の力」がある。英国人を演じさせたら当代一の中村正氏の「声の力」がある。
初めに百点を与えておいて失敗する度に減点して行くのが
「お役人様の評価」とするなら
初めは零点でも演出意図が的中する度に加点して行くのが
「映画ファンの評価」であると僕は信仰している。

新幹線に爆発物を仕掛けるなど怪しからんから50点減点!
唯が不審な電話をかけて新幹線を止めたのは怪しからんから50点減点!
犯人のひとりが黒人を殴り
「黙ってろニガー」と言うのは怪しからんから50点減点!
が本当に「作品の評価」なのだろうか。
「怪しからん」で思考が停止した状態で
「作品の評価」が出来るのだろうか。

映画評論家の故・水野晴郎氏は本作品の大ファンで取り分け
最後の「ウォルター・マッソーの顔」の素晴らしさを高く評価していた。
更にウォルター・マッソーはこの「顔」を演じるために
本作品への出演を決断したのではないかと推測されていた。
真偽の程は定かではないが本作品冒頭からの周到な伏線の数々が収束し
「ウォルター・マッソーの顔」へと繋がっていることは間違いない。

取り敢えず何ですな,たったひとつの失敗も許されない
一世一代の大仕事を前にして一番大切なことは
「常に体調管理は万全にしておけ」
であることを僕は本作品から学んだのである。

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