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映画「哭悲 THE SADNESS」レビュー「血だら真っ赤なラブレター・フロム・台湾」。

人を発狂させ本能のままに行動させるウィルスが台湾で蔓延し,
街中で,地下鉄で,病院で…「人が集まる所」で爆発的に増殖して行く。
ジョンジョーはパンデミックの渦中にあって
朝別れた恋人カイツェン(レジーナ・レイ)の安否を気遣う。
そのカイツェンは満員の地下鉄で通勤途中であって
言わば「逃げ場のない密室」内で発狂ウィルスの脅威を
パンデミックの爆心で体験する事となるのであった…。

初見。ウィルスにより発狂していながら
「今自分がしている所業」を冷静に認識出来る知恵と
自らの所業に恐れ戦く罪の意識は残っていて,
自分が犯した罪の深さに涙を流すウィルスの特徴が怖い。
怖いと言えば地下鉄でカイツェンの隣の席に座った
風采の上がらないサラリーマン(ジョニー・ワン)は,
初老のオッサンの悲しさで若くて魅力的な女性である彼女に
しきりに話しかけて,つれなくされて不貞腐れている所でウィルスに感染し,
彼女を犯して殺そうとするのだが,彼は一切涙を流していないのである。
つまり狂ってセクハラ行為に
及ぼうとすることに対する罪悪感がゼロなのだ。
ウィルスに感染して乱暴狼藉に及ぶ感染者は勿論怖いが,
狂ってムキになった罪悪感ゼロの
セクハラオヤジはその百万倍怖いという描写に膝が震えたよ。
更に怖いと言えば地下鉄内や病院内で感染が爆発しても,
まるで他人事の様にスマホをいじり続ける人々が僕は一番怖かった。
コロナよりも発狂ウイルスよりも
スマホ依存症が現代人を深刻に蝕んでいるのだ。

台湾ではコロナ対策が徹底する余り
学校,駅,地下鉄,ショッピングモール,病院といった
「人が集まる所」での撮影が著しく制限され,
地下鉄と病院は全てセットを一から組んで行われたという。
ウィルス感染の恐怖を描くのに
感染の可能性が高い場所での撮影が出来ないこのジレンマ。

でもね。
地下鉄や駅構内,病院を全てセットにした結果,
生じた箱庭感が「出口の無い迷路」の閉塞感を生み,
図らずも制作意図を実現しているのは何という皮肉だろうか。

監督は発狂ウィルスは新型コロナの初期の段階の着想であって,
コロナ禍の下,
生きねばならない現行の社会・世界を風刺するのものではないと言う。
だが優れた創作物は企まない批評性を発揮するものだ。
眼前で人が死んでるのにスマホが手放せない
異常な光景が日常となる奇怪な現象を
図らずも収録する事に成功していると思う。

僕が好きなのは台湾総統の側近の将軍がウィルスに感染して発狂して
手榴弾を総統の口に突っ込んで頭を吹っ飛ばす場面。
その際,台湾の国歌が流れるオマケ付きだ。
中国は台湾という「国」も「総統」(国家元首)も認めておらず,
従って台湾の「国歌」が,流れる事にも難色を示すのに,よく撮影出来たなあ。

この映画にはね,監督が「時間がない」「予算がない」
「厳しい撮影制限」「本当にやりたい事がやれない」等々,
ヘレンケラーもビックリの多重苦に耐えかねて,力尽きて,
今まで縦横無尽に暴れ回っていた
演出力がガタ落ちするポイントがあります。
レジーナ・レイが以前から発狂ウィルスの脅威を訴えていた
台湾大学の教授と邂逅する場面がそれです。
それ以降は映画のレベルが,これまでより一段階落ちる事を認めます。

特典は
1.日本版予告(特報,ロング,ショート,レッドバンドの4種類)
2.オリジナル予告(オリジナル1,2の2種類)
3.メイキング(監督編,ビジネスマン編,美術編,SFX編の4種類)
4.ロイ・ジャバズ監督短編作品
(「Clearwater」(実写6分3秒),「Fiendish Funnies」(アニメ3分13秒)の
2編で後者は本編で一部流用されている)
音声解説はロブ・ジャバズ監督と
ジョニー・ワン,そしてスタッフによるもので,
監督は英語しか話せずスタッフは母語が中国語という
言葉の壁を乗り越えて監督が苦心して話をまとめてます。

音声解説を聴いてて感じたのは
監督もスタッフもSNSの評判を良く知っていて
作り手が一方的に受け手に映画を提供してるのではないと感じます。

台湾からの血だら真っ赤なラブレターを
僕は大いなる好意をもって受け取りました。

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