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手塚治虫先生の「きりひと讃歌」レビュー「なんでもかんでも「神」を持ち出しゃいいってもんじゃねえよ」。

近所のブックオフで手塚治虫漫画全集の「きりひと讃歌」全4巻が
全初版で売っていたので脊髄反射で購入した。
僕が「初版」に拘るのは手塚漫画では
「現在では不適切とされる表現」の多さ故に
別の(穏当な)表現に置き替えられたり
酷くすると欠番扱いされる事も稀ではなく
余計な配慮なく読みたい一心からである。

全く…僕は漫画を「元の形」で読みたいだけなのだがね。

この漫画のレビューを書く前に
僕が大変な偏見の持ち主であることを明かしておきたい。

僕の父は僕が6歳の時に他界して
母は保険外交員となり僕と妹を女手一つで育ててくれた。
母は生保会社で上司に説教されると泣いて帰って来て
「3人で一緒に死のう」
と無理心中を図ろうと試み,僕は母を慰めるのが常だった。
僕の命が懸かってるから懸命になるに決まってる。
やがて母は新興宗教にハマり,新潟の総本山に僕を強制連行して
信者達と共同生活をさせるのであった。

僕が社会人になってから母と妹から次々と電話がかかって来て,
自己啓発セミナーの1週間の10万円也の合宿に僕も参加する様
執拗に勧誘して来た。

母と妹とは長い間絶縁して復縁する頃には21世紀になっていた。
僕は宗教も自己啓発セミナーも,それらにハマる人間も嫌いです。
「人の心の弱みに付け込み所」と「人を変えてしまう所」と
「「オマエも救ってやろう」と擦り寄る所」が特にね。

見損なうなってんだ。
オマエ等,宗教に逃げた人間共に…「神」に縋る弱い人間共に…。
救っていただかなくとも結構である。

だから僕は小山内桐人に感情移入したんだ。

「神?そんなものいるもんか!
少なくとも犬に成り下がった人間を救える神など存在するもんか!」

って言葉に震える程感動したんだ。

「やっと本当の事を言ってくれる者が現れた」

ってね。

人が「先祖返り」の様に犬か狸の様な姿になる奇病「モンモウ病」に
長年取り組んで来た
M大医学部の第ニ内科医長・竜ヶ浦(タツガウラ)博士を
以てしても病理解明は困難であったが
彼は「ウィルス感染説」を推していた。
彼はM大医学部の「殿様」であって,部下は「家来」で
彼の意見に異を唱えると,
たちまち真面な医療設備のない二流大学医学部に左遷され
医師生命を絶たれるか医局から除籍されてしまう。
だが彼の有能な家来小山内と占部はモンモウ病が発見された
村に原因があると見て小山内は竜ヶ浦に意見具申する。

「そんなに言うなら村に1ヶ月滞在して調査したまえ」

そう竜ヶ浦に言われた小山内が村へと向かう。
だがその調査の影には
ドス黒い企み笑いかけている事に小山内は気付いていなかった…。

先に述べた通り竜ヶ浦は「ウィルス感染説」を推すが,
彼の説の急所は幾ら探しても肝心の病原菌が見つかっておらず
従って培養して「これが原因の病原菌です」と指し示せず
病原菌の特徴を詳細に調べ様が無いこと。

後に彼が学会で自説を発表した際,
東ドイツの伝染病の世界的権威マンハイム教授から
その点を厳しく追及されている。

当たり前である。
「証拠」がないのに納得出来る訳がない。
家来共には殿様が「黙れ」と一喝すれば済むが
マンハイムは彼の家来ではないのだ。

竜ヶ浦が功を焦って疑問手を打つのは
彼が「モンモウ病の原因解明」って勲章を胸に付けて
日本医師会会長選挙に出馬する意向があるから。
小山内や占部は件の村や南アフリカで起こった
モンモウ病に非常に似た症例を調査する過程で
飲料水に二畳紀の地層の何らかの成分が混入されると発症するとの
レポートをまとめるも竜ヶ浦は握り潰す。

「だがモンモウ病は伝染病なのだ」「伝染病でなければならんのだ!!」

…竜ヶ浦がありとあらゆる権謀術数を投げ捨てて
学者としての初心に立ち返り
小山内や占部のレポートを真剣に読み
モンモウ病に向き合い真相究明に乗り出す気になったのは
彼自身がモンモウ病になったからである。

ホラね?
自分自身の命が懸からないと懸命になれないでしょう?

本作品に於いて最もキャラクター造形が激烈なのが占部医師。
彼は普段好意を抱いている女性を発作的に強姦する癖があり,
作中都合3回凶行に及んでいる。
そうした人間が聖書を引用して
犯した女に説教する異常性が本書の特徴なのだ。
犬神沢の村長が彼の所業に唖然として

「あの人(占部)に今後関わるやないぞ。
医者の気違い程怖いもんはないからな…。」

と村人に箝口令を敷くのも,けだし当然である。
この村長自身が相当異常なキャラクター造形をしてるだけに
その村長に,こう発言させる占部の輪をかけた異常さが際立つのだ。

モンモウ病の原因を解明したのはマンハイムで
彼は「神のお告げ」で「答え」を知ったのではない。

手塚先生はモンモウ病になったシスターを通して
受難と救いを描かれようとしたのだけど
「神」なんてまやかしである。
この漫画には「救い」が描かれている事は確かだが
「救った」のは神ではなく自分自身である。

僕はいちいち「神」を持ち出す人間が信用できぬ。
「神」など介さなくとも普通に意思の疎通が出来てるじゃないか。
手塚先生は「神」など信じておられないから
シスターの受難と救いの描写に違和感を感じるのである。
僕は本作品は「シスターは救われた」と信じたいが信じられない
手塚先生の葛藤を描いた漫画だと思ってるのです。

本作品を読んでて分からないのは
1.シスター・ヘレンは何時どうやって「モンモウ病」になったのか?
原因が地下水だとするなら
原住民と接触した後に地下水を飲んだ事となるが
マンハイムの司祭への事情聴取では
ヘレンは南アフリカに赴任早々(つまり原住民との接触前に)
モンモウ病の兆候が出ていたと言う…ハテ?
2.犬神沢の水から作った
「智恵水」は130年間作り続けて1度も苦情も無かったのに
「智恵水」のボトル15本に1本の割合で
モンモウ病の原因物質が検出されたのは何故だ?
話の辻褄が合わないのである。

あのさ。

何となーく雰囲気でテキトー読んでる人にはいいかも知れないが
辻褄が合うか否かを検証しながら読む向きには
本作品は「ハア?」な描写が多いのですよ。

本作品の後書きを読むと,本作品は山崎豊子氏の「白い巨塔」との
類似を相当指摘され
「イミテーション(模造品)」呼ばわりもされたそうです。
竜ヶ浦博士が財前五郎に似てるのかしらん。
恥ずかしながら「白い巨塔」はTVで田宮二郎版を少し見ただけで
原作小説は未読だったので
ブックオフで買って来て今読んでます!
知識が増えると「分からねえ事」もまた増えるのである。
また知識は必要があるから泥縄的に次々と摂取するのである。



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