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サークルKingdomCome!!(ふじ・きりおさん)の「邦画プレゼン女子高生邦キチ!映子さん」二次創作同人誌「そこに愛はある」レビュー「虚無みたいな女」

服部昇大先生の漫画「邦画プレゼン女子高生邦キチ!映子さん」は
第1話で映画の知識が「大ヒットした洋画」に限定される
薄い議論しか展開出来ない男が映画同好会を立ち上げたら
「ヘンテコな邦画」しか観てない邦画気違いの
1年生の女子・邦吉映子(通称:邦キチ)が入部希望して異常なプレゼンを展開,
男…今や部長…を圧倒するものの
彼女の話を最後まで聞く…という本作の基本フォーマットが確定する。

その後「アジア映画」に特化したヤンヤン,
「男同士のクソデカ感情映画」に特化したマリア,
「特撮映画」に特化した御影・駒木,
果ては「(プリキュア映画とかの)女児アニメ映画」に特化した早乙女を
レギュラーに加えつつも基本は「映画プレゼン漫画」有体に言えば
「邦キチが部長に映画をプレゼンする漫画」なのだ。

だが実際,邦キチは恋愛的な意味で部長の事をどう思っているんだろう。
第1話で邦キチは自分の映画のチョイスが変わってて
人から理解された事がないと嘆いていて,
部長の唯一の取柄と言っていい
「人の話を決して否定せず最後まで聞く」
姿勢から発する
「私(わたくし)の話を最後まで聞いてくれた」
即ち「私を受け入れてくれた」事に感動して正式に入部している。

最新話まで配信で欠かさず読んでいるが
邦キチは別に部長に「スキです」とか告白はしていない…が!
部長が本を読んでると
「私(わたくし)にも読ませて下さい」と一緒に読もうとするわ,
部長が3連休に下宿で「ゼルダ」の新作遊んで
邦キチからのLINEに返信しないと心配して押し掛けて来て
「部長臭いまする」といって風呂に入る事を促し
風呂上がりの部長の髪をドライヤーでセットしながら
「やっぱり部長は私(わたくし)がいないと
ダメでございまする」と嬉しそうに言うわ,
部長が下宿でカップ焼きそばを食べてると
ナチュラルに「私(わたくし)の分は?」と尋ね,
1個しかないカップ焼きそばを箸を共有してふたりで分け合って食べるわ…。等々の所業をかましておきながら
話の流れで部長が
「いやあ流石に現実的じゃないだろ,高校生の同棲なんて…」
といけしゃあしゃあと言うもんだから
付き合って4ヶ月半にもなるのに何もして来ない
元エヴァ研の江波教諭(40歳)に不満を持っていた中峠先輩がキレて
「ほぼ半同棲ムーブをかましてる奴が言うセリフか!」
と八つ当たりされる有様。

邦キチにとって重要なのは自分が「スキだ」と告白したり
部長から「オマエがスキだ」と言質を取る事ではなく
世間からの「半同棲してる」との風評をものともせずに
グイグイ部長の「プライベート」に介入・侵食する事であり
「言質」なんぞに全く重きを置いておらず
ただひったっすっらっに「実績」を解除して行く女として描かれて行く。

本作の序盤では部長の「人の話を最後まで聞く」長所が
ヤンヤンやマリアに対しても発動し
「誰の話でも親身になって聞く」部長の姿は結果として
「誰にでも優しい」「従って女にも優しい」
「従って従って女の話を親身になって聞く」
ラノベ主人公の様相を呈し
所謂「ハーレム漫画」になるのではと思われたが
そうはならなかった。

ソレは一体何故なのか?

ソレはね…単行本第9巻で邦キチが浴衣姿で部長の実家の夏祭りに吶喊し
そのまま部長の実家を訪ね,父親に挨拶して晩酌に付き合い
部長の子供の頃のアルバムを見て待ち受け画面にして,
そのまま泊まって風呂に入って部長の中学時代の体操服を着て
その格好のままマリアからの電話に出て,
部長の部屋で一晩中ワンピースの単行本を読み耽って語り明かし,
ふたり揃って寝落ちすると言うね…。
ヤンヤンにもマリアにも…いやいやいやいや他の如何なる女にも
到底真似出来ない「実績」を!
一晩にして10も20も解除すると言う離れ技を披露したからである。

こんな…こんな女と部長を奪い合い・張り合う
「恋のライバル的存在」などいる筈が無いのである。

ふじ・きりおさんの同人誌「そこに愛はある」は
「邦キチが浴衣姿で部長の実家の夏祭りに吶喊し
ふたりで金魚すくいをする所」
まで原作が進行した時点で描かれている。
ふじさんは原作を読み込み咀嚼され再構築されている。
主要登場人物を総登場させ絵柄は
鉛筆描きの筆致を生かされた味わい深いもの。
幕の内弁当の様な賑やかさが嬉しい。

主題はズバリ
「部長は邦キチの事をどう思ってるのか?」。

ふじさんの同人誌に於ける邦キチは内面が
ブラックボックスとして描かれておりながら
部長への好意が駄々漏れという設定。
『「邦キチ」は1970年代の少女漫画のパロディである』
という原作漫画設定を生かし,夏祭りの夜に部長が邦キチに

「邦キチ…」
「俺はオマエの事がスキだ」
「どうか」
「俺と付き合って欲しい」

と告白し邦キチが

「はいでございまする」

と告白を受け取るまでの部長の心の軌跡を描いたラブコメとなっている…。
…と言いたい所なのだが…この漫画…それだけでは到底説明出来ない
「恐るべき何か」が潜んでいるのだ。

「恐るべき何か」は邦キチから発しており
冒頭のふたりのモブ男子高校生の

「xxさんは確かにカワイイけど」
「ちょっと変わってるからな…」
「やっぱ付き合うなら女子はフツーなのが一番でしょ」

との会話を聴いた邦キチの顔から「表情」が消え失せ「虚無」が顕現する。

エイガ ノ コノミ ガ…「フツー」デ ナイ
ワタクシ ハ…ブチョウ ト ツキアエナイ ト イウノカ…

と「虚無」が黙りながら喋っている…のが僕だけには聞こえるんだ。

部長とヤンヤンが親し気に映画の話をしているのを聴いている
邦キチの顔から「表情」が消え失せ「虚無」が顕現する。

ワタクシ イガイ ノ オンナ ト…ブチョウ ガ シタシゲ 二
エイガ ノ ハナシ ヲ シテイル ノヲ ナガメテイル ノハ…イッヤッダッ!
ナゼ…コノ ワタクシ ガ ハブラレ ネバナラヌ…

と「虚無」が黙りながら喋っている…のが僕だけには聞こえ,
やがてヤンヤンに牙を剝く。
「虚無」は「エゴの化身」であり…。
邦キチが…「何が何だか訳の分からねえもの」と化して行く契機なのだ。

「人を愛しく思う気持ち」を「何が何だか訳の分からねえ感情」として
描いているのが本同人誌の特徴なのだ。

つまり…つまり…つまり!
「怖い」んだよ,この漫画!

おがきちか先生の「ランドリオール」という漫画の第19巻156頁,157頁に
主人公のDXという男子生徒がリドという留学生の親友に悩みを綴った手紙を送り返事が来る場面がある。

聞いて欲しい事が出来た
凄く暗くて深い穴みたいな女に会った
手紙じゃ上手く書けないから
今度会って話すよ

リドの兄・竜葵は非常に厳格な性格の君主であり
手違いでDXの手紙を読みリドに代わって返事を書くのだ。
DXの…親友宛の他愛のない「恋の悩み」に
竜葵は…四角四面に大真面目に答える。

DX・ルッカフォート
ソレはオマエの運命の女だ
運命は深い穴に落ち行くが如し
人に翼は無く
抗う術はない
ただ精進に務めるのだ

ふじさんとおがき先生…。
ふたりの創作者が「同じ事」を突き詰めて思慮された結果,
言い回しや思慮の深浅の違いこそあれ「同じ結果」に到達するのは
創作能力ゼロの僕にとって「ちょっといい話」で
この細やかな発見に天狗の鼻を延ばしたくなるが
ふじさんが日本で「深い穴」を掘り続け
おがき先生が地球の反対側から「深い穴」を掘り続け,
たまたま「地球の中心」でおふたりが邂逅した事を指して
「おふたりは「同じ」なんだ」と鬼の首を取ったようにはしゃぎ,
何かしらの「特別な運命」を感ずるのは
僕の勝手であって「同じ」でも何でもない。

ふじさんが創作された「虚無みたいな女」と
おがき先生が創作された「凄く暗くて深い穴みたいな女」が
「似てる」と感ずるのは創作行為の何たるかを知らぬ僕の思い込みの産物で
おがき先生は「運命」を「凄く暗くて深い穴」と
例えられておられるのであって,些か以上に,こじつけが過ぎると言うものだ。

でもさ。
創作能力ゼロの僕としては
邦キチが「虚無みたいな女」として描かれるのは
邦キチが部長にとっての「運命の女」なのだからと
じっつっにっ安易に連想したいのですよ…。

ふじさんは男が「虚無みたいな女」と相対したとき
女に告白し手を繋ぐ事が「正解」と信じ実行に至る。

すると女に「表情」が戻り「虚無」が消え去り,女は男の手を握り返す。
僕は物事を大袈裟に受け取る性分なので次の様に解釈したよ。
女は…「虚無」が無制限に拡大し「暗闇の雲」とか「永遠の闇」と化して
「光も闇も無に返す」事よりも
「男の手を握り返す」事を優先し等身大の高校1年生に戻る。
斯くして世界の危機は辛くも回避され…
この物語は黙示録よりも高校生のラブコメである事を選んで閉じるのだ。

良かった。
本当はね。
創作者は世界を滅ぼす事も天地創造をやり直す事も自由自在に出来る。
「ソレ」をしないでくれて本当に良かった。
何もかもブチ壊しにしないでくれて有難う。
卓袱台を引っ繰り返さないでくれて有難う。
「虚無みたいな女」を眼前にして「ソレ」をしなかった
ふじさんの「精進(身を清め行いを慎む事)」に僕は震える程感動したんだ。

僕は…ホラー映画を愛好する者として
「酷い酷い酷い地獄が見たい」
と常に願ってるが
邦キチの顔がパカッと真っ二つに割れて中から「地獄」が顕現して
この世を焦土に変えなくて良かったと思う程度の
「なけなしの良心」くらいは持ってるよ。
まだまだ精進が足りんがね。

この物語は…一手打ち損じていたなら
光も闇も無に返っていたやも知れぬ
薄氷を履むが如きヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ作品…。
…と言って差し支えないのだ。

男が女に…
「俺はオマエの事がスキだ」
「どうか」
「俺と付き合って欲しい」
と告白して手を握り
女が
「はい」
と答えて手を握り返す事によって救済される世界がある…。
…が本作品の到達した結論となる。

…何だやっぱりラブコメじゃないか。




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