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パトリシオ・グスマン監督のドキュメンタリー「チリの闘い」3部作レビュー「本当のドキュメンタリー」。

1973年9月11日,米国との合同演習を行う予定だった
チリ艦隊が突如バルパライソに帰港した。
それはサルバドール・アジェンデ大統領を倒し,
現行政権「人民連合」を転覆させるクーデターの合図だった。
チリ全土の陸海空軍と国家警察が一斉に行動を開始し,
大統領官邸にも,その報は入った…。(映画「サンチャゴに雨が降る」粗筋)

東西冷戦期の1970年代,チリでは選挙によって成立した世界初の
社会主義政権が成立しサルバドール・アジェンデが大統領に就任した。
「反帝国主義」「平和革命」を掲げて世界的な注目を集め,
民衆の支持を集めていたが,その改革政策は国内の保守層,多国籍企業,
そして米国政府との間に激しい軋轢を生み,チリの社会,経済は混乱に陥る。
1973年9月11日陸軍のアウグスト・ピノチェト将軍らが
米国CIAの支援を受け,軍事クーデターを起こす。
アジェンデは自殺(諸説あり)。
以後,チリはピノチェトを中心とした軍事独裁政権下に置かれた。

チリ・サンチャゴ出身のパトリシオ・グスマンは,
このチリに於ける政治的緊張と
社会主義政権の終焉を撮影・記録した。
クーデターの後,彼は逮捕・監禁されるも処刑の難を逃れ,
キューバのハバナに亡命。
撮影されたフィルムもチリ国外に持ち出され,
ジャン・ポール・サルトルに師事して哲学を学び,第二次大戦中は
ナチスに抵抗した地下組織に参加した
フランスの映画監督クリス・マルケルや
キューバ映画芸術産業庁の支援を受け,本作を完成させた。
ドキュメンタリー映画監督パトリシオ・グスマンが生まれたのである。

「チリ」が初めて欧州から認識されたのは
スペインのマゼラン艦隊の西回りの世界一周航海の過程であった。
マゼラン艦隊は物見遊山で世界一周したのではない。
彼等はキリスト教伝道の尖兵・「全てのキリスト教徒たちの皇帝」である
スペイン王への屈従と貢納の強要の尖兵であり
スペインの植民地を増やす為の尖兵でもあったのだ。
チリは長らくスペインの植民地であり,
それが為チリの公用語は現在に至るまでスペイン語であり,
本ドキュメンタリーもまたスペイン語で制作されているのだ。
全ては「マゼランのおかげ」と言う訳だ。
全く…有難くって涙が出て来るよ…。

第1部ブルジョワジーの反乱(1975年・96分)
第2部クーデター(1976年・88分)
第3部民衆の力(1978年・70分)
の3部構成のドキュメンタリー。
3部作の合計の尺は254分=4時間14分に及ぶ。

「サンチャゴに雨が降る」を何度も観て予習してから
「チリの闘い」に挑んだ心算であったが
「サンチャゴ」で軽く流した情報が真正面からぶつかって来て,
しかも全ての情報が重要なので頭に入れながら観るのに3日間を要した。

いや見応えがあった。
そして自分の無学文盲ぶりに打ちのめされた。

「サンチャゴ」は映画であって,善悪の区別がハッキリしていて,
ドラマチックに編集されていて,哀切な音楽が流れる
「飲み下しやすい」構成となっているのに対し,
「チリ」の方は淡々とドキュメントに徹し
事実の軽重の判断が付きにくく「飲み下しにくい」構成となっている。
「サンチャゴ」が入門編なら「チリ」は応用編と言ってもいいだろう。

「サンチャゴ」に登場するアジェンデ大統領,フレイ議員,ピノチェト将軍等々の「本物」が登場し「サンチャゴ」で学んだ様々な固有名詞も
「チリ」の理解の助けとなった。
これから「チリ」を観ようと言う方は可能であれば
「サンチャゴ」で予習しておいた方が理解の助けとなると思う。
予備知識としては全く足りないので
ブックレットの解説で復習するのも有効だろうと思う。

NHKのドキュメンタリー番組が分かり易いのは
強い指向性,物語性があるからで,
「チリ」に,そうした指向性や物語性を求めると
跳ね返されると忠告しておこう。
恐らくは「チリ」のドキュメンタリー性こそが本物で
NHKのドキュメンタリーは「お話」なんだと学ばせて貰った。

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