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映画「犬神家の一族(1976)」4Kデジタル修復版レビュー「4Kデジタル修復版の画質も音質も最高だが日本語字幕はサイテーサイアクである。「開局2周年」とはサイテーサイアクの仕事をしてもいい免罪符ではないッ!」

17歳の時に信州・那須の神社の境内で寒さに震えていた佐兵衛青年は
神主の野々宮大弐の厚遇を受け,大弐が佐兵衛のパトロンとなった事を
切っ掛けにメキメキ才覚を開花させ製薬会社を立ち上げ密かにケシを栽培し
「痛み止め」として軍部に流すことによって巨万の富を得た。

…その「信州の製薬王」犬神佐兵衛(三国連太郎)が臨終のときを迎え,
親族が一堂に会し彼の遺言を待っている。
犬神財閥の全事業及び全財産を継ぐのは一体誰なのか…?

佐兵衛は生涯正室を持たず3人の妾を囲い
自分の寵愛を求めて奪い争わせた。
3人の妾はそれぞれ女児をひとりづつ生み
佐兵衛は妾の子等に松子(高峰三枝子),竹子(三条美紀),梅子(草笛光子)と
テキトー極まりない名前を付けた。
恐らく4人目の妾の子がいたなら「並子」とでも名付けたに違いないのだ。

佐兵衛は妾の子等に一切愛情を注がず妾の子等も佐兵衛を憎んだ。

そんな佐兵衛が50のとき,
青沼菊乃(大関優子)という女工を愛し一子静馬を生み
家宝の黄金の斧(ヨキ)・琴(コト)・菊(キク)(=ヨキコトキク=良き事聴く)
を菊乃に与えてしまう。

コレは妾の子である松竹梅子にとって容易ならざる事態である。
佐兵衛が菊乃を「正室」として迎え,
静馬に嫡男として家督を譲ろうと言うのである。
松竹梅子は佐兵衛の「老いらくの恋」を阻止すべく
菊乃の家に押し入り,
菊乃と赤ん坊の静馬に激しい折檻を加え追放し
斧・琴・菊を強奪し持ち帰ったのだ。

佐兵衛の恨み如何ばかりか。

松竹梅子は某(他界),寅之助(金田龍之介),幸吉(小林昭二)を
それぞれ婿養子として迎え,それぞれ男子を生んでいる。
佐清(あおい輝彦),佐武(地井武男),佐智(川口恒)の3人の妾の子の子。
竹子は長女小夜子(川口晶)も生んでいる。

だが佐清はビルマの戦線で部隊が全滅したとの報せがあってから
行方は杳として知れず佐兵衛の臨終の場に同席していない。

最後に野々宮大弐の孫娘の野々宮珠代(島田陽子)。
佐兵衛にとっては大恩人の孫であり犬神家に於いて厚遇を受けている。

「犬神家の一族」は
松竹梅子,寅之介,幸吉,佐清,佐武,小夜子,佐智の総勢9人であるが
現在消息不明の佐清を除いて8人。
そこに珠代を含めた9人が佐兵衛の臨終に立ち会っている。

佐兵衛は顧問弁護士の古舘(小沢栄太郎)を指差す。
佐兵衛は極秘で遺言状を古舘に作成させていたのだ。
遺言状は佐清が復員し「犬神家の一族」が勢揃いしたときに
公開せよと佐兵衛が厳命しているのだ。

佐兵衛は息を引き取るが涙を流してるのは珠代だけ。
佐兵衛が愛していたのは珠代だけだからで
「犬神家の一族-1」の関心はただただ遺言状の内容であり
犬神財閥の全事業及び全財産を「継ぐのは誰か」だけなのだ。

画面が暗転し強欲な魑魅魍魎共の総称が表示される…。


古舘の助手の若林(西尾啓)は古舘以外に
遺言状の内容を知る唯一の人物であって,
その恐るべき内容に
近日犬神家に容易ならざる事態が勃発するやも知れないと
古舘には内緒で私立探偵の金田一耕助(石坂浩二)に手紙を送り
金田一が那須にやって来る。

折しも佐清が復員し博多に着くとの報せを受けた
松子は息子を迎えに行き
「犬神家の一族」が勢揃いし,
佐兵衛の遺した遺言状が公開されようとしていた…。

本作は角川春樹事務所の第一回作品であり
「角川映画」と言うと本作が真っ先に思い出される。
角川書店は原作の横溝正史の小説を出しており
「犬神家の一族」「八つ墓村」「悪魔の手毬唄」「獄門島」
「本陣殺人事件」「三つ首塔」「悪魔が来りて笛を吹く」…。
当時小学生から中学生だった僕は片っ端から読んだのは
「犬神家」の映画化があったからである。
カレンダーの裏面に犬神家の家系図を書くとか…。
まあまあ大概やらかしてます。

本作の最大の見所は松子が博多から連れて帰った
「佐清」の異様な風体である。
黒頭巾の下にはゴム製の白い仮面があり人相が全く分からない。
松子は「お国の為に戦って顔に名誉の負傷を受けた」と主張するが
松子の性根を知る親族は彼女の言葉を一切信じない。
松子は必要とあらば平気で「影武者」を立てる女なのだ。

この…「佐清」が本当に佐清なのかが本作のキモであり
遺産相続争いに於ける最大の争点となるのである。
珠代は佐清が出征時に手形を神社に奉納した事を持ち出し
「佐清」に手形を押させて比較しようと佐武と佐智に入れ知恵する。
松子は頑強に拒むが当の「佐清」はダンマリを決め込んでいる…。
仮に「佐清」が佐清でないとするなら…オマエは一体誰なのだ…?

僕が実写の「金田一耕助」に出会ったのは
「横溝正史シリーズ」の古谷一行であり
本作の円盤のAmazonレビューに
「僕は金田一耕助のハマリ役は古谷一行だと思います!」
と堂々と書いて
「ハア?金田一耕助のハマリ役は石坂浩二に決まってるだろ!」
とレビュアー諸氏に袋叩きにされたのは
「若気の至り」では到底済まされない
場所がらを全く弁えない
軽率極まりない行為であったと反省している。

「犬神家の一族」が2021年に4Kデジタル修復を受け
先般BS松竹東急でTV放映されたのを初めて視聴したが
ビックリするくらい綺麗で音質も最高。
邦画のブルーレイ化には常々大いに不満を持っていたのですが
「犬神家の一族」の4Kデジタル修復は凄い!

久しぶりに通しで視聴して
石坂浩二の若さ,坂口良子の朴訥とした純朴さ,
草笛光子の悲鳴,小林昭二のユーモア…。
…そして高峰三枝子の信じられん貫禄に感銘を受ける事しきりである。

大野雄二の音楽が実に良く
「ルパン三世」共々音楽面に於いても花を添えている。

あおい輝彦が復員兵の癖にブクブク太り
指まで太っているのが…まあ御愛敬である。
横溝正史が金田一の泊まる旅館の主人役で微妙な演技を披露している。

僕は原作原理主義者なので原作との違いを追究したくなるのです。
青沼菊乃は映画では空襲で死んだ事になっているが
原作では松子の盲目の琴の師匠となっている。
原作の菊乃は映画の様な恨みの化身ではなく
「松子さま…ワタシの事に気付くかしら…?」
とドキドキしながら琴を指導する茶目っ気のある人物なのです。
映画では琴の師匠役は岸田今日子が務め菊乃とは別人となっていて
ムーミン声…というよりも大奥のナレーション声で
存在感をアピールしている。

現在の神社の神主役が大滝秀治で
てっきり原作通り「珠代の出生の秘密」を犬神家の一族の前で
ベラベラ喋る「やらかし」を演ずると思ったが
大滝は「口が堅い」という信じられん設定に改変され
「秘密」は金田一にしか明かさない節度ある人物として描かれている。
大滝のボケてるのかボケてないのかギリギリの演技を期待していたのだが
昭和51年に於いては大滝は未だ「マトモ」だったと分かる。

原作には松子の母(妾)は登場しないのだが
映画には「お園さん」として登場し
キチガイ婆さんを演じさせたら天下一の原泉が好演している。
本作に於いてはキチガイ婆さんではなく
単に娘に小遣いをせびるお婆さん役である。

また「琴」を利用した殺人も改変されている。
原作では絞殺された後,琴糸を首に巻き付けられるだけだが
映画では何故か死体が屋根の上に晒されている。

コレは劇場公開当時も首を傾げた演出で
今でも意味が分からない。
まあ…「菊」の殺人と「斧」の殺人に比べ
「琴」の殺人がインパクトが弱いのを補強したのだろうか…。

原作では真犯人は「稀代の殺人鬼」として描写されるが
映画では相当内面に踏み込んだ描写となっており
真犯人の強欲だけでない「きょうだい思い」「子思い」の
一面が描かれていて,
「佐兵衛の怨念」に振り回された気の毒な人物として
「葛藤」が描かれ同情の余地が大いにあり
原作の「人物描写の薄さ」を大幅に補強している。

とは言え原作には真犯人が
「もし小夜子の腹の子(父親は佐智)に才覚があったら
犬神家の事業への参画をさせてやって欲しい」
と頼む「罪滅ぼし」の描写があり映画では
小夜子がクルクルパーになってフェードアウトしており
「菊乃の茶目っ気」の件といい原作には映画にない魅力があるのだ。

他方魑魅魍魎揃いの「犬神家の一族」にあって
佐清と珠代のみが「ピュア」に描かれている
「原作の欠点」は映画にも引き継がれている。

その「原作の欠点」に疑問を抱き脚本を構築したのが
小林靖子氏であり
ずっと後年にNHKで放送された「犬神家の一族」では
佐清と珠代もまた魑魅魍魎のひとりであると描かれている。

最後にBS松竹東急に少々苦言を呈したい。
本作を字幕放送してくれた事は有難いのだが
その字幕に大難があるのだ。

例えば古舘弁護士の以下の台詞。
古舘「若林の代理の者を連れて行くと言ったら…」
「不承不承(ふしょうぶしょう)承知しました」

字幕製作者が「不承不承」を知らないか,
また聞き取り能力が低い故なのか
字幕では
古舘「若林の代理の者を連れて行くと言ったら…」
「しょ…承知しました」
となっている。
自分の国語力の低さ,語彙の貧弱さを隠蔽する為に,
台詞を捏造しているのである。

また松子の
「昔で言えば殿様だ」

「昔でいえば殿さまと…」
と字幕化されており
どうもこの字幕製作者「分からない事」は「…」で誤魔化す癖がある様だ。

一事が万事この調子で「てにをは」の違いを言い始めたら
原稿用紙が100枚あっても足りない。

国語力の低い人間を字幕製作者に据え,
作った字幕をチェックする人間もいないとは…。
一体BS松竹東急は如何なる了見なのか大いに疑問を感じる。

「開局2周年」が斯くもいい加減な仕事をしてもいいという
免罪符と化しているのだ。

4Kデジタル修復版は画質も音質も最高だが
日本語字幕はサイテーサイアクである。
誠に残念である。

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