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映画「人喰いエイリアン」DVDレビュー「同じ「籠の鳥」を見詰めていても男は「喰ったら旨そうだ」と即物的に考え,女は「私は自由になりたい籠の鳥」と浪漫的に考え,両者の見解の相違の溝は決して埋まる事はないのだ。」

英国の人里離れた山荘で暮らすジョーとジェシカは
菜食主義で女同士でありながら肉体関係を持つ。
そんなふたりきりの肉食に穢されぬ静謐な関係は,
過去の記憶も一遍の肉欲をも持たぬ
不思議な男アンダーソンの登場で破られた。
好奇心旺盛なジェシカはミステリアスな彼に興味津々だが,
ジョーにしてみればジェシカを彼に奪われるのではないかと戦々恐々。
ピリピリとした緊張感に満ちた3人の奇妙な同棲生活が始まる。
そんなある日,ジェシカはタンスの奥から
血塗れの衣服とバタフライナイフを発見する。
衣服はかつてジョーとジェシカと同居していて,ジェシカと懇意だったが,
ジョーの説明に因ると
ふたりの関係を知って身を引いたという男サイモンの物だった。
ジェシカはジョーが彼女を奪われまいと
サイモンを殺したのではないかと疑い始める…。

本作には上記基本3人しか登場せず,ジョーとジェシカは
愛し合っているものの,
ジェシカはジョーが過去に殺人を犯しているのではないかと疑いを持ち,
ジェシカは中性的な魅力を持つアンダーソンに興味津々だが,
ジョーは,場合によってはアンダーソンを刺殺してでも
ジェシカを独占したいと考えている。
この緊張感が70年代特有の詩情と哀切な音楽とで綴られていて
堪らんのである。
ジョーから見てアンダーソンは草食の女2人に対して肉食の男,
又ジョーとジェシカ,ふたりの理想的関係に割り込む
異質な・相容れない存在(Alien)として描かれ,
異星人(Alien)とのダブルミーニングとなっている。
この緊張感ある関係は次第に危機感を増し,
絶対にハッピーな終わり方をしないという予感は確信へと変わり,
その確信通りのオチへと繋がって行く。

本作に頻出するアイテムに「籠の鳥」があって,
ジョーのジェシカに対する束縛愛が強過ぎてジェシカは自分の身の上を
自分が飼っている「籠の鳥」に見立てているのだが,
ふたりの間に割って入るアンダーソンもしばしば「籠の鳥」を見詰めていて,
ジェシカはなんでも言う事を聞いてくれる男,
アンダーソンに自分の願望を重ねて,
自分を鳥籠から出して緑の野に放ってくれる存在,
自由を与えてくれる存在と勘違いして,
「貴方(アンダーソン)と寝たら,私を何処か遠くに連れていってくれる?」
と大勝負に出る。
彼の思考がブラックボックスとして描かれ,内面が皆目分からないのに。

無謀な賭けに出たな,ジェシカ。

肉食の彼は「籠の鳥」を獲物(PREY(原題)),
即ち「喰ったら旨そうだ」としてしか受け取っておらず,
彼女が彼にその身を差し出す行為を
彼は捕食的な意味で「食べていい」と直球で解釈する。
彼女は…人間は彼にとって「貴重な動物性タンパク」でしかなかったのだ。
同じ「籠の鳥」を見てるのに彼我の見方に天地程の開きがあって,
即物的視野と浪漫的視野の差は縮まる事はないのである。

いやあ~奇妙な三角関係が
「死んで破綻する」70年代ならではのオチに痺れたねえ。
「人は決して変わらない」事を描いた「悪魔の受胎」と
「男と女は決して相容れない」事を描いた本作。
ノーマン・J・ウォーレン監督の抱える絶望には
「底」が見えないのが素晴らしいね。
本作は「人喰いエイリアン」と邦題が付いてるけど
僕は本作がSF映画であるともホラー映画であるとも微塵も思ってない。
男と女は決して相容れない事を示す方便として肉食と草食,
異星人(Alien)と地球人とを引用してるだけだと思う。
俄然監督のファンになってしまいそうだ。

画面サイズはスタンダードでリマスターしているそうだが,塵は多い。
だが,そんな事は問題ではない。
作品の内容を是非観て欲しい。
絶対の自信を持って5つ星評価する次第である。

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