(未完)戯曲・赤光金魚とレヴィアタン

ネムキリスペクト「水槽」の提出作品として書き始めた本作。形式は小説ですが、舞台シナリオとしても使えるように書こう、としていた気がします。謎が謎を呼ぶミステリーなのですが、トリックとプロットの練り込み(苦手)が終わらず、締切も迫ってきて、結局断筆。
ネムキリスペクト用には本作を下敷きにした「ロクさん」を書き始めて、無事に脱稿、提出して、なんと互選で優秀賞を頂きました。(その節は有難うございました。)
「ロクさん」のコメント欄で「ロクさんは元々六十三式というロボットの設定で」と書いたのは冗談ではないのです。
未完、というよりも「ロクさん」の初期設定として比べて頂けると楽しめるかもしれません。
地味に没ネタ祭開催中。

短編小説「ロクさん」|ムラサキ #note  https://note.mu/murasaki_kairo/n/nfab4a06a440e

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(未完・赤光金魚とレヴィアタン)

瞬きもせず僕は。
ただブルーライトを見つめている。
何時から僕はこうしていたのか。
まだ五分しか経っていないような気もするし、もう半日もこうしているような気もする。
パソコンの画面の中に見知らぬ人々のタイムラインが流れていくのを、僕は漫然と眺めていた、気がする。
いつの間に眠っていて、夢を、タイムラインの夢を見ていたのかもしれない。何せ突飛なタイムラインが幾つもあった。

例えば「鯨を水槽で飼おうと思っている」なんて。
そんな馬鹿な。
でも記事主は本気らしい。
そのために水槽を特注した。
水槽は自分の家よりも大きいから地下に豪を掘った。
とかね。
鯨は何処から連れてくるんだ?
え?売ってるの?熱帯魚店?
ウッソー!?ホント?

「豪華客船の隣を悠々と泳ぐ巨体生物。」
と写真付きのタイムライン。
巨大客船よりも大きなウミヘビの影が空中から写されている。
ウッソー!?

そんなくだらない三文記事ばかり覚えいて、肝心の、僕の記憶がない。
僕はどうやら記憶喪失になってしまったようだ。
それこそ、ウッソー!?
ネットロアも良い加減にしてくれ。
「嘘みたいな本当の話」
「本当みたいな嘘の話」かな。
ともかくも、信じようと信じまいと。
僕はいつの間にか記憶喪失なんだ。
ねえ、レヴィアタン?

ん?
何か言った?
レヴィアタン?
誰が?
一体僕は何に話かけたのかな。

RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR

分かっている事は僕の目の前にパソコン。
そして周囲には一定間隔で青い光を明滅させている水槽。
そして水槽の中を泳ぐ発光体。

発光体は一見して金魚、水槽の青い光が消えるとぼんやり発光する。暗闇に浮かぶ鈍い赤い光。
赤光の金魚。
青い光が消える間際に赤く光る金魚と色彩が混じり合い、水槽は紫色に光る。青、紺、紫、マゼンタ、赤。場末のネオンのように水槽は色彩を変える。


ねえ、レヴィアタン?
僕は何をすれば良い?

金魚が水面を跳ねた。その飛沫で濡れてしまった。
「わ」

水槽を満たす特殊な溶液は直ぐに洗わなければ衣服が溶けてしまう。

あーあ、
と僕は呟いで溶液の染みを落とした。

RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR

視神経を毟るような。
無神経で強烈なスポットライトが僕を照射した。眩しさに目を細めて、僕は謎の発光の正体を探る。
光から声が聞こえた。
「ああ、*********か。」
その声は?

「ロクさん。」
その声はロクさんだ。
ロクさんは言った。
「まだ仕事してんの?」

「まあね。ちょっとハンガーとかないかな。衣服を干したいんだけど。」
「ハンガーはないけれどロープがあるよ」
「そう?ああ、本当だ。」
「天井の梁に引っ掛けて干すと良いよ」
「こうかな。」
「まあね。それよりロクさん、眩しいよ。」
「ああ」
ロクさんは懐中電灯を消した。

「いい若いもんがそんなに仕事ばっかりしてちゃあ、ダメよ。そんなことしてたら、ロクさんみたいになっちゃうぞ。」

「ロクさんみたいになっちゃう」はロクさん得意のジョークだ。
ならないよ、ロクさんみたいには。

明滅する水槽が暗闇の中に青く光った。鈍い光だ。闇の中から遅延して届いたような。遠慮がちな。その光がロクさんを照らした。

ロクさんは不格好なブリキの人形だ。
ドラム缶を重ね合わせたような旧式のロボットだ。
ヒトコトで彼を形容するなら「ポンコツ」。

「ロクさん、これは仕事じゃないんだよ。これはSNS。」
「SNS?ロクさん、難しいことは分からない。」
「だって、ロクさんだってクラウドに繋がってるんでしょ?」
「クラウドねえ、なんだかなあ。ロクさん苦手だなあ。」
「ロクさん、明日の天気とか何処から調べるのさ。クラウドじゃないの?」
「明日は晴れるなあ、これはね神様がロクさんに教えてくれるの」
ロクさんはロボットなので、顔面に生物のような機構を備えない。
目も鼻も口もない。だから表情がない。だが「無表情」のロクさんが何を考えているのか、僕には手に取るように分かる。
ロクさんは開発当時稀代の高性能人工知能搭載ロボットとして誕生した。ロクさんのシリーズは各専門で活躍し、大仰な物言いなしに人類発展に寄与したと云える。

このロクさんも遺伝子工学を専門に、様々な研究に携わった。だが不運にもロクさんはウイルスに感染してしまった。ロクさんの感染したウイルスはリカバリー無効の悪質なもので、誰もロクさんに巣食ったウイルスを除去できなかった。ロクさんの高性能の人工知能は虫に食われたように、穴だらけになった。入力された記憶領域も所々消える。勘違いも多い。計算ミスも頻発する。要するに役に立たない。
爾来、ロクさんは単なる警備員としてこの研究所で働いている。

目の前にいるロボットがロクさん(ポンコツ)だと分かるのに、自分の事は分からない。どうして僕は自分の記憶をなくしてしまったのだろう。

「ロクさん、レヴィアタンって知ってる?」

「レヴィアタンね。ロクさん知ってるよ。レヴィアタンは海に住む怪獣だよ。なんでも一飲みにしてしまう巨大な怪獣だよ。」

だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。
 わたしは彼のおしゃべりと、雄弁と、美辞麗句に黙っていることはできない。
 だれがその外套をはぎ取ることができるか。だれがその胸当ての折り目の間に、はいれるか。
 だれがその顔の戸をあけることができるか。その歯の回りは恐ろしい。
 その背は並んだ盾、封印したように堅く閉じている。
 一つ一つぴったりついて、風もその間を通らない。
 互いにくっつき合い、堅くついて離せない。
 そのくしゃみはいなずまを放ち、その目は暁のまぶたのようだ。
 その口からは、たいまつが燃え出し、火花を散らす。
 その鼻からは煙が出て、煮え立つかまや、燃える葦のようだ。

ロクさんはヨブ記を暗誦する。
「天地創世の五日目に神によって生み出された怪物だよ。」

「ありがとう、ロクさん。もう良いよ。」
レヴィアタンは僕の真後ろにいる、いつも。
大きな口を開けて僕を飲み込んでしまおうと。
僕の背後には闇しかない。
僕を飲み込もうとする大きな闇、影、レヴィアタン。

RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR

ロクさんの顔に付いているパイロットランプが明滅して、安い電子音が鳴る。

ロクさんの挙動がおかしい。
そわそわしている?
「どうしたの、ロクさん。」
「誰か来るよ」
「誰が来るの?」
「おっぱいのお姉ちゃんが来るよ。」
おっぱいのお姉ちゃん・・・。
「ロクさんは、これで失礼するよ」

ロクさんは再び警備に戻ろうとした、が。そのすれ違いざまに入ってきたのは鉄面皮の木下であった。
この「鉄面皮」は本当にスティール製のロクさんと異なり、至極真っ当な、国語辞書的な意味でのそれ、である。
姉御肌、どちらかと言えば親分肌。情が厚いが気性も荒い彼女は鬼チーフとして研究員たちをまとめている。
木下は腕組みしてロクさんの前に立ち塞がった。
「誰がおっぱいの姉ちゃんだ。」
「あのあのあの」と剣幕にロクさんはしどろもどろになっている。
「売り飛ばすぞ、ポンコツ」
「ロクさん、悪かったよ」
「今度充電切れで転がってても放っておくからな」

「あのあの、困るよ、ロクさん」
「マアマア」見兼ねた僕は仲裁に入った。
「それくらいにしてあげてよ。」

木下は今度は僕を睨む。
「室長が甘やかすから悪い」
と語気を荒げる。
「ロクさん、もう仕事に戻りなよ」と退室を促す。
そう言われて足を踏み出したロクさんが、立ち止まって振り返る。
赤く発光するロクさんのモノアイがちらりと木下を見た。
人工知能であるロクさんは自分の行動が最善の結果を導くよう考える事ができる。
怒っている木下を放って逃げ出しても良いものか、弁明を続けるべきか計算している、ようだ。
「木下さん、そんなにイライラして更年期ですか」
と、ロクさんは木下に言った。
ロクさんの計算は時に破綻する。
「木下さんの血圧上昇、血圧上昇」
ロクさんの生体センサーが木下のバイタルサインを計測する。
「早く失せろポンコツ!」
木下が怒鳴った。

「室長このロープは?」
「ああ、白衣を干そうと思って」
「やめましょう、縁起でもない」
「そう?」
「そうですよ」

「通夜はどうだった?」
僕は木下に尋ねた。
「普通です。思ったよりも。」
「そう」と僕は返事をした。
「室長は大丈夫ですか?」
「僕?何が」
「いいえ」

木下は返事を躊躇った。
若き研究員が自殺をした。
木下たちは研究員の通夜に参列したのだ。
彼の自殺はこの研究所に暗い影を落としている。
自殺者の周囲は様々の葛藤を抱えるものだ。

彼は。

「室長は何をされてるんですか?」
「僕?僕は彼のSNSを見ていた。」
「また、ですか?」
「そうだね」

僕は彼のPCに残っていたログイン履歴から彼のSNSにアクセスしている。
彼の自殺の原因を探るため。

と言うのが表向きであって、実は僕の記憶から彼の事がさつぱり抜けている。
彼は赤光金魚の飼育記録を付けていた。このデスクが彼の居場所で、閉め切って外光を遮断したこの部屋で彼は水音を聞きながらPCに記録を入力し続けた。
彼とは一体、誰か。

明滅する光の中に木下が浮かんで消える。
明かりを消してくれないか。
記録が取れないから。

彼が死んだので、金魚たちの記録は僕が取っていた。

「アア、すみません」
木下は明かりを消した。
明滅する明かりの中に木下が浮かんで消える。

水音。
金魚が跳ねた音。
そちらの水槽を見て再び木下を振り返る。
「帰ります」と木下が言った。

「室長はお変わりありませんか」と木下が言った。
「ないよ」
「そうですか」
「何か変わったように見える」
「いいえ」

「室長」
「はい」
「西巻さんに会いましたか」
「いいや」
「気をつけて下さい」
「そう?」

木下は部屋を出ていった。
「西巻さんに気をつけろ?どういう意味だろう、か。」
物陰にいた西巻さんに尋ねる。
「さあ」と西巻さんは答える。

そもそもどちらの?

物陰にいたもう一人の西巻さんに尋ねる。
「さあ」ともう一人の西巻さんも答える。

「あたし達からしてみれば、あの女の方が余程厄介よ。」
二人は声を揃えて言った。
一卵性双生児。
彼女たちは同じくここで働いている。

内線が鳴った。
「もしもし?」
「ロクさんだよ」
「なんだ、ロクさん?どうしたの?」
「木下が帰ったよ」
「知ってるよ、呼び捨てにしちゃいけないよ」
「相変わらずでっけえおっぱいだよ」
「ロクさん、そんな事を言ってるとまた怒られるよ」
「木下さんはおっぱいさんだよ、あっ」
「ん?ロクさん?どうしたの?」
「あーあー、室長ですか?」
木下の声。
「このポンコツ壊しても良いでしょうか。」「駄目だよ」
「おっぱいさんに壊される!」
ロクさんの悲鳴が聞こえて回線が途絶えた。

これは救援に行った方が良いのだろうか。立ち上がったものの悩む。
再び内線が鳴った、

「西宮姉妹が現れると思いますけれど、本当に気を付けて下さいね。じゃああたし帰りますから。あら、雨。室長も早く帰って下さいね。あら?」

途絶えた。

交信が。

というよりも。

先程まで明滅していた水槽の照明も消えた。PC画面も消えた。
突然僕は暗闇に放り出されてしまった。

何が起こっのか分からず数秒呆気にとられたがどうやら停電らしいということに気が付いた。

金魚たちが光っている。
点々と連なる金魚の光がまるで赤いザクロのように見える。

ロクサンに連絡を取ろうと思ったが内線がつながらない。
僕は手探りで懐中電灯を探すしかない。

探している僕に寄り添うように影がいた。
その影と目が合う。
金魚が光る。
影は僕だった。
僕の相似形。

「西宮さん」僕は彼女たち呼んだ。
返事はない。

「いませんか」
西宮姉妹を呼んだ。

「いないよ」影が答えた。

目が合いつつも僕は影は影だと思っていた。だが、この影は喋る。これは影ではない。
改めて僕は自らの影と向き合う。

「西宮さんはいないのか」僕は尋ねぬる
「そうだよ、いないよ」と影は答えた
「何処に行ったの、ついさっきまで居たじゃない」
「ついさっきまで居たと思っているだけでさ、本当はいなかったんだよ」
「おいおい、馬鹿を言い給え。さっきまで居たのは確かな事だよ。」
「僕は見てないけれどね」
「だって君は影じゃないか」
「僕を影と呼ぶのは君の勝手で僕から見たら君の方が影だよ。」
「なるほど、話の要点はわかった。つまり君は、こう言いたいのだろう。」
「医者は何処だ」
「そうだ、僕は声を大にして言いたい」
「古典的ギャグセンスだ」

明かりが復旧すると影は消えた

「大丈夫?」
部屋の入り口に木下とロクサンが立っていた。

「ああ、大丈夫。」
僕は答えた。

「誰かと喋っていた?」
「いいや」

「ところで木下さん、由々しき問題があるのだが」
「はい」
「先日グリーン企画という会社が観葉植物のリースの営業に来たろう」
「はい」
「あのリースのノウハウは我が研究所の研究成果が流用されているものに思われる。私が考えるにこの研究所内には全く研究の成果を他社に売りさばくスパイがいると思われるが如何。」
「分かりました。調べてみます。」
「ロクサン、監視カメラの記録に不審な点がないか教えて下さい。」
「分かりました」

「僕は少し眠ろうかと思う」
「分かりました」
「誰も入らないようにしておきます」
「金魚たちの秘密を守らなければならない。内部の人間でさえも、秘密に近づく事は許されない。」
「分かりました。」

アローアロー、レヴィアタン、今宵はおやすみ。良い夢を。

rrrrrrrrrr

その部屋の中に西宮姉妹がいた。
「お姉様、」
「そうね妹」

暗闇に影となって浮かぶ相似形。

未了

(未完・赤光金魚とレヴィアタン)

「水槽」のアンソロジーはかなりコアな作品が集まっていましたね。私的にはウネリテンパ氏の書いた本格ミステリ「讃歌」が最も好きな作品でした。ウネリテンパ氏の代表作だと思っております。

【水槽(aquarium)】眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー201908まとめ、読者アンケート|ムラサキ #note https://note.mu/murasaki_kairo/n/n5ec41ea78a90

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