漢詩の言葉「袁氏の別業に題す」/翻案「ちょいとお邪魔します」

漢詩の勉強です。

袁氏の別業に題す 賀知章

主人 相識(あいし)らず
偶に坐すのは林泉の為なり
謾(まん)に酒を沽(か)うを愁うること莫(な)かれ
囊中(のうちゅう)に 自らの錢有り

【語句解説】
相識らず…面識がないこと。
偶に…奇遇にも、図らずも
謾に…謾の意味は「欺く」「侮る」「怠る」
沽う…買う、売る、商いをする
嚢中…財布の中

【大意】
「袁さんの別荘に贈る詩」
ご主人に面識はありませんが、図らずもこのように相対させて頂くのも、この素晴らしい庭園が見たいが為。
私の為にどうやって酒を買おうなどと心悩ます必要はありません
酒代なら私が出しますのでどうか早速、買ってきて下さい。

【解説】
何ともトボけた口調の図々しい御方です。
人のお宅に突然上がり込み、やい庭を見せろ、と仰る。
呆気に取られる袁さんに重ねて曰く。
安い酒で済まそうなどと阿漕に考える必要はありませんよ、と。失敬ですねえ。
更には金を取り出して、
この金で、さっさと私の為の酒を買っていらっしゃい。
傍若無人の極致です。
どんな不逞の輩が訪ねてきたのかと、よくよく名前を聞けば、誰もが知るお大尽の賀知章さんです。袁さん一家はさぞかし吃驚したでしょうね。

賀知章さんは唐の玄宗皇帝に直属で使えた高官です。筆の名手にして詩人、奇行癖のある破天荒な性格であったそうです。若い李白を見出し杜甫に引き合わせた人物としても知られています。杜甫が後にまとめた飲中八仙歌(酔いどれ詩人)では筆頭に名を連ねます。
突然、道士になると言い出して(※注)玄宗皇帝に辞任を願い出て、晩年は悠々自適の田舎生活を送ったそうです。玄宗が退職祝に何か欲しいものがあるか、と尋ねた所、故郷の実家の前にある小さな湖(鏡湖)が欲しいと答えました。皇帝直属の高官にとってみれば余りに無欲な褒賞であると言えます。

(※注)酒を飲み過ぎて昏睡に陥った時に、道教の天国に旅する夢を見た為、道士になることを決めたそうです。

李白の生涯を小説にした国枝史郎の「岷山の隠士」の文中に、賀知章が李白と出会った場面があります。その遣り取りに賀知章さんの魅力が表われているので引用致します。

賀知章は李白を一見すると、驚いたようにこう云った。
「君は人間なのか仙人なのか?」
「どうもね、やはり人間らしい」
「仙人が誤って人間になると、君のような風采になるだろう。君は謫(たく)せられた仙人だよ」
「まあさ、見てくれ、謫仙人の詩を」
 李白は旧稿を取り出して見せた。
 賀知章はすっかり参ってしまった。
「素晴らしい物を作りゃアがる。こいつちょっと人間業じゃアねえ。君のような人間に出られると、僕の人気なんかガタ落ちだ。だがマアマア結構なことだ。御世万歳、文運隆盛、大いに友達に紹介しよう」
「話せる奴でもいるのかい?」
「杜甫という奴がちょっと話せる」
「聞かないね、そんな野郎は」
「だが会って見な、面白い奴だ。だがちっとばかり神経質だ」
「そんな野郎は嫌いだよ」
「まあまあそういわずに会って見なよ。君とは話が合うかもしれない。ひょっとかすると好敵手かもしれない」
「幾歳ぐらいの野郎だい?」
「そうさな、君よりは十二ほど若い」
「面白くもねえ、青二才じゃアないか」
「止めたり止めたり食わず嫌いはな」
「どうも仕方がねえ、会うだけは会おう」
 
(「岷山の隠士」国枝史郎 より抜粋)

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【蛇足】
長い解説の後ですが、本企画では漢詩を現代人感覚で捉える試みをしております。原詩の良さを色々台無しにすることもありますので、お気持ちに余裕のある方だけこの先にお進み下さい。

詩人訳「ちょいとお邪魔します」
(賀知章「袁氏の別業に題す」翻案)

今日の酒を何とする
旨い酒が呑みたいねえ
気持良く酔いたいねえ
数寄なものを眺めてよ
手前に酔って呑みたいねえ

なんてことを考えていたら
随分立派な庭が有りやがる
この構図 見事じゃないか
こんな庭で呑む酒は
さぞかし旨いことだろう

酔いたいねえ
酔いたいねえ
ああもう我慢もきかねえや

なんてことを考えていたら
庭先の旦那と目が合っちまった

良い庭でございますねえ
ご主人が、
この庭を?
なんと見事ですなあ
いやなんと

見 事 で す な あ

ちょっと中から拝見させて
貰えませぬか
エエ ハイ イエイエ
エエ ハイ ハイ

それでは
ちょいと
お邪魔します

(詩人訳「袁氏の別業に題す」村崎カイロ)

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