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【懐中電灯】NEMURENU40th解題

とうとうNEMURENUも40回!つまり40ヶ月ですよ!
40ヶ月前はまだ髪の毛もございましたし、動けば体重も減りましたし。生命の活力に満ちておりましたねえ。最近はあちこち白髪も生え始めまして。目も霞む。40ヶ月かあ…。
そんな40ヶ月の年月に光を当てる懐中電灯。隠れていたものが涌いてくる。部屋の隅に蟠る魑魅魍魎は出ておいで!

世の中を明るく照らす20作品をお楽しみ下さい!NEMURENU第40集。テーマは懐中電灯でお送り致します!


目次

00 A-KANJI-UN y.
01 となりの鼓動を抱きしめる 常世田美穂
02 【防災の日】正しく怖がり、正しく逃げるために Unity Japan
03 フラッシュライト ノート
04 あかりうるひと 齋未
05 複眼 朝見水葉
06 ミッション 海亀湾館長
07 紅い蝶は闇に舞う 闇夜のカラス
08 心の懐中電灯 Koneko
09 今日のスカルプチャー 磯貝剛
10 アルミの懐中電灯 くにん
11 14冥界魂沈め素描 としべえ@詩小説
12 眠れぬ夜の奇妙なエスキース 虎馬鹿子
13 Watcher #21  磯貝剛
14【禍話FA】アイスの森 大家
15 懐中電灯_(Acoustic Guitar Instrumental With MycroSynth Remix) 千葉貴史
16 お前とセックスしてると神社の裏で浴衣の女をおかしてるような気になる 千本松由季/小説
17 Ephemera / 星涙月花 りりかる
18 田舎はこんなもん 民話ブログ
19 沼津干物のアジーB
20 光 けい

眠れぬ夜の奇妙なアンソロジーNEMURENU40thはこちら




解題

00 A-KANJI-UN

00番はyさんの指定席。事の始めは「茄子」テーマの時?に解題が殆ど出来上がった所にyさんの作品が投稿され、既に付番が終えていたのでyさんの作品を00番にして一番最初に据えた事から。それ以来、yさんの作品は00番としていつも一番最初に置かれて、秀逸のギミックで皆様の目を楽しませてくれます。永遠のゼロです。この度も無限ループGIFで描かれるのは体操三人組による懐中電灯のスマイルマーク。円運動によって出来るスマイルが莞爾と笑っております。その軌跡は永遠のゼロです。再度を固める二人のマッチョの筋肉ポーズが良い味を出しています。筋肉感出てます。グッ!




01 となりの鼓動を抱きしめる 常世田美穂

私たちは認識という懐中電灯で眼前を照らしながら生きておりますが、この懐中電灯は時に消灯し私達は暗夜に取り残されます。
暗夜に於いて私達は、有ると思ったものが無い、無いと思ったものが有る。私たちの信じていた世界が虚妄であった事を知ります。
常世田さんの描いた世界は懐中電灯の消えた世界。信じていたものが翳って、存在が揺らいでおります。登場人物は双子。鼓動が繋がっています。その二人の確たる関係すらも暗夜に於いては徐々に揺らぎ始めます。
光の中にいて私たちは不安を感じません。光の消えた時に私たちは不安の中に生きていた事を知ります。目に見えぬ不安が闇の中では良く見える。常世田さんの本小説には不安や不確かという目に見えないものが巧みに描写されました。

懐中電灯は点くものであり、消えるものでもあります。懐中電灯を以て描くのは光の当たる確たる世界であるのか暗夜の中の不確たる世界であるのか。集まった作品の傾向は二つに別れたように思います。
当月も始まりました眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー。眠れぬ夜はあなたのそばに。今宵も宜しくお付き合い下さい。


02 【防災の日】正しく怖がり、正しく逃げるために Unity Japan

懐中電灯と言えば防災。防災の非常持ち出し袋に懐中電灯は必需品です。そして当月9月は防災月間。皆様備えは万全でしょうか。
「訓練は本番のように、本番は訓練のように」とは防災訓練で繰り返される訓辞ですが、本番のような訓練を行う事は難易度が高い。本番では無いわけですからね。
防災訓練は芝居のようなものです。シナリオがあって役割がある。キャストはシナリオを覚えてそこに感情を乗せて、シナリオ世界を追体験する訳です。つまり、「本番のような訓練」は先ずシナリオを覚えること、想像力を鍛えること、想像の中に生きることが求められますが、そんな事は中々出来ない。
シナリオも覚えられませんしね。
ここに紹介されたツールはAR技術を使って職場を浸水させるもの。或いは津波時に車で逃げて逃げきれなくてゲームオーバーするもの。そうですね、テーマは絶望です。ああ、人生が此処で終わるんだなあ、と肌身に感じる事ができます。
自らが被災して人生の幕が閉じる事を追体験できるツール。防災意識を高めるために非常に優れたツールであると思います。
皆様も素敵な防災ライフをお送り下さい。



03 フラッシュライト ノート

先月のNEMURENU39th「地球粉々」にて、くにんさんとコラボレーションをしたノートさん。実は今までも本アンソロジーには何度か曲をお借りしています。今月は私がノートさんとコラボの機会を頂戴しました。今回のコラボではまず私がノートさんの曲から一曲を選び、それをイメージして小説を書きました。それをノートさんに読んで貰って、今度はノートさんが小説をイメージして曲を作る、というもの。ノートさんの曲からイメージされた私の小説は本アンソロジーの一番最後にあります!
私の懐中電灯作品から作って頂いた本曲はギターサウンドがフォーキーなブルースです。格好良いのにほのぼのとしていて、オフの日の必殺仕事人のようです。ん?例えが伝わらない?是非直接お聴き下さい!




04 あかりうるひと 齋未

齋未さんの漫画。これは凄く面白いですよ。絵も彩色もコマも話も調和して完成しています!これを例えるなら「ムーミン(トーベ・ヤンソン)」を見たアルカイク期の古代ギリシア人が彼らの似姿から神を作るような。そのつぶらな瞳は深淵の虚無!え?例えが分かりにくい?是非直接ご覧下さい!



05 複眼 朝見水葉

朝見さんの小説。
朝見さんの優れている点は多々ありますが、そのうち私が強く感じる所は表現の深さでしょうか。
目の前に白兎がいて、これを「兎がいる」と云ってしまえば小学生の作文であってが妙趣がない。文章とはその作者にしか書けない妙を愉しむものですから、白兎を白兎と呼ぶ限り、そこに千思万考の工夫はない。文人の文は一座建立の気概を以て書くべきで彫文刻鏤月下推敲を尽くすべきものに思います。例えば朝見流文章術なら兎の描写を「男の毛深い手がもっと毛深い二ツ長耳を掴んでいた。黒き剛毛に囚われた白毫の毛玉は如何にもか弱く…」等と書いたりするでしょうか…。ちょっと私では朝見流の再現には至りませんが。
朝見さんの文章は全文に渡って工夫が凝らされて緊張の途絶える隙がない。兎がいることを「ぴょんちゃんがいたよ!」くらいの表現力しか持たない私には毎回勉強になります。

さて前置きはそれくらいにして。

常世田さんの解題の箇所で、私はこの度のアンソロジーに集まった作品は光属性と闇属性に大別されると書きました。朝見さんの小説から漂う死臭、腐臭は尋常でない。そんな話を朝見さんのコメント欄に書かせて頂きました。朋輩海亀湾さんも同内容について指摘しており、そのコメントに対する朝見さんの返答が面白かったので是非そちらも読んでみて下さい。



06 ミッション 海亀湾館長

一年前に離れた幼馴染と過ごした最後の日の思い出。それは少年の日の甘酸い思い出であると同時に怪奇現象でもありました。
思い出も怪奇現象も壊れやすく果敢なく淡い。少年の感受性は粘膜のような敏感さがあります。そうした少年の冒険心を描く事は難しいものです。人間は成長に従って特権意識や金銭感覚、人種信条性別と種々の観点から分化を遂げますが少年はまだ分かたれぬ未分化の存在。人類の幼芽です。その萌芽が松となるか柏となるのか分かりませんし、男となるのか女となるのかも分かりません。その未分化であった「嘗て」に徘徊る事は胸底に蟠る「嘗て」の幾許を浚う事。内省を尽くす事。そうした幾許を浚って黄金色に輝かせる為には人生の深みを知らなければ出来ません。本アンソロジーのダンディズムの二強として海亀湾さんとくにんさんがおりますが、御二方の少年小説には紅茶に蜂蜜を溶かして描かれた水紋のような風情を感じます。



07 紅い蝶は闇に舞う 闇夜のカラス

闇夜のカラスさんは何処かのコメントで「自分の書くものは小説ではなく漫画原作のようなもの」と謙遜しておられましたが、小説に定型などございませんので、漫画原作のようなものは立派な小説に思います。「風姿花伝」の中に衆人愛敬という言葉があります。芸(ここでは申楽)とは衆人愛敬をもて一座建立の寿福とせり。様々の人から愛される事が大切です、と超訳すればそのような訓えです。
闇夜のカラスさんの物語は変転が多く飽きない、とは前回も感じた所ですが。単純の起承転結に終わらない曲折がある。朝見さんが文章表現に於いて彫文刻鏤を尽くそうとする事に対して闇夜のカラスさんは物語に刻鏤を尽くされている。そこにもまた創作活動の気概を感じます。


08 心の懐中電灯 Koneko

雨風達が気を塞いでいる。人間共が雨風に不満を零すので。衆人愛敬と愛される事を心掛けても万人から愛される筈もなく、愛されぬ事もある事は知りつつも、そうした声が聞こえてくれば矢張り気は塞ぐものです。
しかし、と物語は進みます。不満の声は大きいけれど、不満でない声もある。耳を澄ませればそんな声も聞こえて来よう。
この世の中には懐中電灯に照らされた目に見えるものと見えないものがあるように集音器に拾われた聞こえるものと、それから外れた聞こえぬものがありますね。
「多数決の矛盾」という話がありまして。
今日のおやつは何が良いか多数決を取りました。
バナナ3票
角砂糖1票
氷2票
飛蝗1票
と集計されておやつはバナナに決まりますが、バナナを支持する票が3票に対してバナナを支持しない票は4票ある。しかしその4票は死票となって存在が消える。
世論も物言う人間と物言わぬ人間がいて、聞こえる意見が総意という事でもない。物言わぬ人間が多ければ国民の総意は他所にある。見えぬもの、聞こえぬものまで推し量らねば物事の正体は見えないものです。Konekoさんの優しい視点が明るい作品でした。



09 今日のスカルプチャー 磯貝剛

今月の磯貝さんは二つの作品が上がって、虎馬さん、りりかるさんへの挿絵提供もあります。大活躍です。
磯貝さんの一つ目はTwitterに投稿できる140文字縛りの物語。「部屋にいた何か」がスカルプチャー、彫像されています。
磯貝さんは最近、描かれるものが3DCGになり質感が増しました。タイムラインに羽の生えたウナギのようなもの、深淵のさんが梨を割って登場している、など奇怪の造形が流れてきます。面白いです。
このスカルプチャーも居たと思えばもう居ない黒色の生物。蜚蠊のようです。ヒェッ…!



10 アルミの懐中電灯 くにん

くにんさんの小説は戦時の時代が舞台となっております。8月は終戦記念日がありますので、季節ですねえ。懐中電灯や電池の歴史は意外に古く、19世紀には既に発明されている。日本国内で当初使用された電池は液体電池。これは寒冷地では凍って使えなくなる不便の代物であったそうです。寒冷地でも使用出来るよう発明されたのが乾電池でした。発明者は屋井先蔵。1887年の発明で、氏は乾電池王と称されました。日清戦争では冬の満州でも乾電池は凍らずに使えて、満州の勝利は乾電池の勝利とも言われたそうです。
乾電池が発明された事が懐中電灯の発明に繋がったようで、最初の懐中電灯は1898年にイギリスで発明されました。国産品の携帯電灯(懐中電灯)は1907年に製造が開始されています。
懐中電灯が発明された当時は日清、日露、第一次世界大戦と戦争の連なる時期。くにんさんの描かれたような物語もあったかもしれないですね。
生まれた赤子が老人になる数十年、激動の時代です。その激動に暮らしたひとがいるという事が感慨深いです。




11 14冥界魂沈め素描 としべえ@詩小説

信楽焼のたぬきに言われて懐中を探ると包み紙があって「懐中でんと」と書いてある。
宮沢賢治の銀河鉄道の夜でも車掌に言われてザネリが懐を探ると特等切符が入っております。それを見て鳥捕りが言いました。「おや、こいつはたいしたもんですぜ。・・・(中略)・・・こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね。」
大切なものはいつのまにか懐中に忍んでいるのかもしれません。
さて、としべえさんの懐にあった「懐中でんと」。この可愛らしい物体(たぬきさんが自分でしたためたのかしら)は懐中しるこのようにお湯で広がるもののようです。なんという発想。楽しいですね。たぬきに導かれる冒険はまだまだ続きます。続きは本編をお楽しみください。
ところで信楽焼のたぬきは歯が生えていますが、あの歯はぎざぎざして如何にも野獣。怖いですね。ん?いま信楽焼きのたぬきの画像を検索したら、私の知るものと違います!こんなに可愛い獣では無かったです。
時代と共にたぬきも変わるんですねえ。



12 眠れぬ夜の奇妙なエスキース 虎馬鹿子

湿潤の作家、虎馬さんです。本話には「ファントムクオーツ」という副題が付いているのだとコメント欄に書かれています。幻影水晶、或いは幽霊水晶。胸を貫いた幻影の氷柱。
アンデルセンの「雪の女王」は雪の女王と二人のこどもの物語。
小さな男の子のカイは雪の女王に魅入られて、悪魔の作った鏡の破片で貫かれてしまいます。このことにより、彼は神学や芸術よりも科学を信奉するようになってしまいます。自然科学への造詣を深めた彼の心は何よりも冷たくなってしまったのです。心が凍ってしまったカイは雪の女王のやさしさに守られながら、氷の城で暮らしておりました。氷の城で母の如き雪の女王に抱かれながら、彼の体はますます冷えていくのでした。
そのカイの氷の心臓を溶かすものは幼馴染であるゲルダの愛です。カイは雪の女王の元から離れてゲルダとの生活を選びます。カイの季節に夏が訪れ、二人の子供たちは大人になりました。
と、これが「雪の女王」の物語。
子どもたちはいつか戸籍から抜けて男女の愛を育むものです。
虎馬さんの本話においても男の心臓は凍っております。氷を解かす程の熱情を誰もが求めております。大人になったカイも、ゲルダも。我々も。
かつて童話の主人公であった大人たちの吐息が、嘆息が、嬌声が聞こえてくるような描写です。

この物語は磯貝さんのエスキースが原題になっており、挿絵が添えらえております。青い蛍光灯人間の3DCG-GIF。赫灼と発光しています。



13 Watcher #21  磯貝剛

青い発光の残像がまだ眼裏に残る中、引き続き磯貝さんの小説「watcher」です。正体不明の幻覚が見える。幻覚ではないかもしれない。目的も不明のまま現れる謎の「それら」たち。この度の「それ」は物語の深奥に潜んでいます。

見知らぬ番号からかかってきた電話。「助けて」と呼ぶ女。
悪漢に囚われたと自称するその女を助けるべきか?その逡巡。

以前、2018年怪談最恐決定戦を観た時に、GPを受賞した「ぁみ」さんの怪談に審査員の方が「オチ」ても話が続く所が秀逸であったとコメントをしておりました(確か)。
オチて終わり、とは一般的な物語構成であるかもしれませんが、物語が終わっても人生は続きます。
眠りから目覚めた王女様が王子様と共暮らしになり、いつまでも幸せに暮らしましたと、いつまでも?
「いつまでも」って何時の事さ!と思う訳です。倦怠期とか死別とか離別とか、子供が反抗期になったりとか、二人が乗り越えたり、乗り越えられない山峡がその後の人生には幾つもあって、仕合せと不仕合せを重ねながら人生は続くものではないか。

全く余談になりますが、こと怪談において多いのが「気絶」オチで。鬼が出ても蛇が出ても気絶すれば全て解決デウスエクスマキナ。

例話:死んだ友人から形見分けされた人形を墓場に返したら、死んだ友人から人形を届けにいくとメールが来て・・・最後のメールは「キタヨ」とあって振り返ると、そこには ’&%%&&’# がいたんですよ。

と、ここで主人公が恐怖のあまり気絶するのが「気絶オチ」。これは非常に宜しくない(※個人的感想です)。気絶しても物語は完結していない。ただ話者が話を打ち切っただけだ。気絶から目覚めた主人公がその後、いかなる人生を送るのか、人生は続く。 ’&%%&&’# と対峙した主人公が気絶などせず、 ’&%%&&’# と話し合うのか闘うのか、お帰り頂くのか、共暮らすのか、いつまでも幸せに暮らすのか、二人の乗り越える障壁を乗り越えるのか乗り越えないのかその懸崖を、描けと。

と・・・怪談マニアの磯貝さんがそのように感じたのか定かではありませんが、磯貝さんの話はオチてもオチずまだ続く。語れる所まで語りきろうとする。私はその物語は秀逸だ、と思います。



14【禍話FA】アイスの森 大家

著作権フリーの怪談「禍話FA」というものがあるんですね。初耳でした。その「禍話FA」の「アイスの森」を大家さんが漫画にしています。画力が確かで読んでいて安心感がある。スキの数が非常に多く、歴々のスキ縁者を遡ると知り合いも何人か。だって面白いですものねえ。



15 懐中電灯_(Acoustic Guitar Instrumental With MycroSynth Remix) 千葉貴史

現代詩人の千葉さんの今月は音楽での参加です。コメント欄で私が執拗に灰野敬二!灰野敬二!と発言しています。

1971年、自身の即興ヴォーカルによる「ロストアラーフ」を結成。頭脳警察や阿部薫らも出演し、加藤登紀子も出演予定であった新東京国際空港建設反対デモ集会「三里塚・幻野祭」にて登場する。この時は受け入れられず観客から石を投げられたが、灰野はこのときの経験が後の創作活動につながったとして宝であると振り返っている。(wikipedia「灰野敬二」来歴より)

即興ヴォーカルユニットを結成して、初登場したら観客から石を投げられた!どんな音楽?と気になった方は

こんな音楽。音楽?音楽です。本人が音楽と言えば、それは音楽。

闇夜のカラスさんの解題で、私は表現に「定型」などない。と書きましたが、表現にはジャンルも定型もない、と思います。表現者にはステージと時間だけが与えられていて、その割り当てられた時間を埋めなければならないという責任だけがある。そして彼の目の前には開演を待つ客がいる。
歌を歌う人もあるでしょうし、芝居をやる人もいるでしょう。詩の朗読、講演、講義、人生相談、絵を描く人もいるかもしれない。それらはステージの時間を埋めるという意味ですべて同じ土俵に立っている。文学においても同じであって、空白のページだけがそこにあって、それをめくる読者がいる。読者に対してその空白のページを埋める、その何かしらによって読者を満足させるという意味合いでは小説も詩も新聞も論文も作家がするべきことは変わらない。目の前で退屈に喘いでいる一人の読者の、彼の空虚を文力で満たせ。と、千葉さんの音楽を聴きながら、そんなことを思っておりました。



16 お前とセックスしてると神社の裏で浴衣の女をおかしてるような気になる 千本松由季

千本松さんがエロ本を書きますと宣言して書いたエロ本。官能小説、という言い方はしていなかった気がするので、官能小説ではなくエロ本?
千本松さんの本企画参加作品の系譜を眺めていると本人が仰るようにBL時代が長くて、男女の話になったのは比較的最近。特徴としてBL、男女そのどちらも人間関係の交わりは砂漠のように乾燥していて、摩擦には珪砂がざらついておりました。最近ややそこに潤いが生じて、前回の作品などは水の惑星を舞台にした所為か(主に作品の持つ湿度の点について)住処を砂漠から海洋に移したかのような変遷を遂げた。この度の「エロ本」もまた交合は海の如く波溢れて、これまでの作品とは大きく異なる。従来の登場人物は記号論的でしたが、最近の登場人物には人間味が増しています。作者の性質が変化していくのは見ていて面白いですね。私も最近はすっかり書き方が定着してしまいましたので、そうした外殻を破らねばなりません。そんなことをこの数か月、考えておりますが、考えているだけで、いざ書き始めると締め切りに追われて、全く変化がない。変化できるということは凄いことです。
コメント欄にて「懐中電灯フェチは光に萌えるのか、光の照射された事物に萌えるのか、光源に萌えるのか」とお尋ねしたところ、

懐中電灯フェチとは、本体の冷たさと電池の入った時の重さだと思います。そして光が出た時、性的な興奮に達するのです。このことをちゃんと書いた方がよかったですね。いっつもなんか忘れちゃうんですよね。

と、ご本人から返信がありました。懐中電灯フェティッシュにそこまで明確な定義づけがされていて、且つ其れがご本人の中で常識化していることが、狂っているなあと思った次第です。(褒めてます。)



17 Ephemera / 星涙月花 りりかる

りりかるさんの小説です。虎馬さんから教わった磯貝さんのエスキースからこの小説が生まれた、と解説にあります。お二人が同じイラストから霊感を得られてお話を書き始めて、全く異なる物語になるのは面白いですね。

タイトルになっているエフェメラとはギリシア語で「一日しか存在しないもの」のこと。ギリシアには凄い言葉がありますね。花やウスバカゲロウなどのことです。これが転じて図書館情報学では捨てられる事が前提の出版物、チケットやポスター、チラシやポストカードなどもエフェメラと呼ばれるようになりました。
本話においてのエフェメラは原語の通り、「短命」を意味しています。ウスバカゲロウが本人の自努力で明日に生きながらえる事ができるかと言えば、それは出来ない。ウスバカゲロウの短命は宿命であります。人間にも抗い難い宿命があります。人間はその宿命に翻弄されながら生きているんですね。

人間が生きるということは煩悶葛藤がつきもので、その障碍を乗り越えることがドラマツルギーであるかと思います。しかし、この話は予定調和が基軸に進むために主人公たちは川に流れる如く、無抵抗に運命を受入れていきます。それは蟻や蜂といった社会性昆虫が自らの生命が尽きる瞬間まで営巣などの役割を果たそうとする悲しさに似ています。行く末が悲劇と知っていても運命に従って淡々と生きる二人が悲しいですね。


18 田舎はこんなもん 民話ブログ

廃墟怪談と思って読み進めておりましたが、途中から雲行きが怪しくなりまして、話は存外に拗れていきます。この転調が実に民話ブログ氏らしい。
先程、怪談のオチについて放言しましたが、本話を廃墟怪談の定型に沿ってオチを予測しながら読み進めると、物語は少しずつ「怪談」の筋道から斥られていく。これは本当に怪談だったろうかと心配になります。自分の読み進めた物語を振り返る。暗夜の道は振り返っても色濃い闇があるばかり。自分の読み進めた物語に自信が持てない。いやこれは怪談だ、きっと怪談に違いない。いや、しかし。と読者は不安感を拭い切れぬまま読み進めることになるでしょう。民話氏は常道をなぞらいながら、揺らぎ続けることで読者の不安感を煽る。この揺らぎが見事です。
最近、私は「読者の読み進める速度」を意識することについて知人と話を致しました。読者の読み進める速度で読者が理解できる書き方をしないと、理解が追い付かなくなった読者は少し前から読み返さねばなりません。幾度も立ち徘徊おらねばならない文章には興醒めします。
民話氏の文章の揺らぎの秘密はこのあたりにあって、民話氏の文章は兎角、読みやすい。書き方も理解しやすく読者の読み進む速度が速い。読みながら読者は世界観が歪んでいくことに違和感を感じながらも、その正体を探るために読み停める事ができない。筆力によって、先へ先へと読み進めさせられる。気が付いた時には暗夜である。自分が読み進めたと信じた物語は歪に捩じれて異形と化している。進む先は予想もつかない。冒頭に於いて持たされた読解のための懐中電灯はいつの間にか怪物になって逃げだしてしまった。暗夜行路を手探りでおぼつかぬ足取りで進む。だが物語の語り手は読者の手を曳き、歩速を緩めるのを許さない。
そんな読書体験でございました。



19 沼津干物のアジーB ムラサキ

今回はノートさんとのコラボ作品です。
劇中に挿入されるノートさんの曲を聴きながらお読みください。格好良いです。



20 光 けい

アンソロジーの最後はけいさんの漫画。
生きようとする者、死のうとする者。二人が求めているものは同じものでした。同じものを求めながらも進む先は真逆となることに人生の皮肉を感じつつ、それでも人が手を取りあうことの感動を感じさせる物語でした。人生には道筋を照らす光が必要です。乾電池式の懐中電灯が。

懐中電灯が暗夜を照らすとき、世界は光と影に分かたれます。人は光を見えていると云い、影を見えぬと云います。でも本当は間違いで私達は光も影も見ることができる。見えないものを見ることが出来る。もしあなたが目を凝らしても影の世界にいるものが見えないのなら、懐中電灯の灯りを消して見れば良い。あなたが影の中に立つ事で、きっとあなたは暗闇にいるもの達の事に気が付くから。
あなたの足元を照らす灯火がこれからも明るく輝きますように!

NEMURENU40th【懐中電灯】これにて閉幕でございます。当月もお付き合いありがとうございました。作者の皆様、それから読者の皆様に感謝申し上げます。

この後はコメント師募集のおしらせ、次月テーマ投票、次次月公募のお知らせが続きます。


眠れぬ夜の奇妙なアンソロジーNEMURENU40thはこちら



眠れぬ夜の奇妙なコメント師

(定型文です)
アンソロジーがまとまると何処からともなく現れる「眠れぬ夜の奇妙なコメント師」。今宵も奇妙なコメントが集まります。

眠れぬ夜の奇妙なコメント師とは・・・

「偏れ!」
大衆に迎合して日和った意見になんの価値がございましょうか。そのような生温い意見に甘んじたいのならば無料SNSにでも行け・・・!(あっ!ココのことだ!)
結局大勢を相手に発信するSNSって受信する側に選択がないので、発信する側が気を遣って意見を中立に保たなくてはいけない。悪くはございませんが、そんな無思想の量産型意見など「あなた」が吐く価値がない。「あなた」しか言えない意見だからこそ価値ってあるんじゃないかしら。「あなた」しか言えない意見だからこそ真の共感が得られるんじゃないかしら。反論のない意見に真の賛成もない。
偏らなければ面白くない!
日和った意見を書き連ねるほど、文筆家は堕落して自分の価値を貶めるんだ。ネットで日和見小説を書くほど真の文筆の道からは遠ざかるんだぜ。

ということで、大いに偏って穿ったご意見を募集しております。
(批判はダメです。)

投稿ルール
・投稿は本アンソロジーをご覧になった方ならどなたでもできます。
・掲載作品の中から最も面白いと思った三作を選んで、下記フォームからコメントをお願いします。
・特定の作品・ユーザーを揶揄・批判していると受け取られ、炎上のおそれがある記載は削除しますので、お気を付け下さい。
・コメントは別名義(コメントネーム)で投票できます。ユーザー名は公表されませんのでご安心ください。
・コメント文は総文字数300文字以上、上限はありません。形式もありません。自由な表現が可能です。
・回答は一人一回に限っています。回答内容は送信後も編集可能です。
・特に投票結果の修正は行いません。
・投票はお気軽にどうぞ。

★フォームの下に長い空行がありますが、「次回テーマアンケート」「次次回テーマ候補」とまだ下にも記事が続きます。(投票締切は9/10  18時です。)

フォームが表示されない方はこちら。
https://forms.gle/xVkiE9XzwgUq5cNx7

※ブラウザの環境にもよりますが埋め込まれたフォームから入力しようとした時に、ペーストが出来ません。リンクから別ページでフォームを開くとペーストが出来ます。コメント文を他のツールで作成した時にお試し下さい。

次回テーマの募集中

眠れぬ夜の奇妙なアンソロジーは次回のテーマを公募で決めております。以下の投票フォームから好きなテーマを選んで下さい。(投票締切は9/10 18時です) ※今回は集まったテーマ候補が多かったので5つを選択するようにしました。

フォームが表示されない方はこちら
https://forms.gle/uN1FsQCBfS9wkWTY7


次次回のテーマ候補募集

次回テーマの投票の候補も公募にて募集しています。次次回(2021年11月号)のテーマの候補をご応募下さい。以前採用されたテーマでも応募可能です。お好きなテーマは何度でも。一度落ちても何度も応募すれば採用されるかも。

フォームが表示されない方はこちら
https://forms.gle/QiRRtw3dKZ2mGKsF8

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