怪談語り「生首」
この前さ…海に行ったんだよ。
こう…海があるでしょう?
海岸線が湾曲して、何処までも続いて。海の向こうは遠くに弧を描いて水平線が見える。
反対側は砂地が続いて防波堤の向こうに松林が広がっている。
なんていうか黒いんだ。
松林がね、鬱蒼とした自然林って感じで。
松林のところどころに獣道みたいな細道が口を開いているんだけど、それが何とも不気味でね。何処へ続くか分からない、人間の行ってはいけない「 異界 」に迷い込むような、そんな雰囲気を持ってるんだ。
異界って、異次元の異に世界の界ね。
あるんだよね、我々が暮らしてる中にその入口が、不意に、ある。
でもその時はね、友人と一緒だから少し気持ちが強くてね、でね、友人と一緒に何があるんだろうって話になって、入ってみたんだな。
松林に。
入ってみた。
暗くて不安になるんだけど、まだ昼間だしね、友人と一緒に暗いなあとか、細いなあなんて言いながら奥へ進む。
そうしたら何だか急に真っ暗になってね。うわっと思って。そうしたら松林の陰が濃くなった所に家があるんだ。凄く小さな家。廃屋で崩れかかってるんだよね。
凄いもの見つけたなあなんて話しながら、止せば良いのにね、そいつが入ってみよう、とか言う訳ですよ。私はちょっと怖くなってきたものだから、いや、やめとくようって言って外で待ってた。相当小さい家でね、玄関を開けたら土間が見える。
友人の声が家の中から聞こえてくるの。
お前も来いよーとか。
すげえぞーとか。
それに対して私はやめとくよー、とか早く出てこいよーとか答えていたんだけど。
其奴ちっとも出て来ないの。小さい家で、見るものなんて無い筈なのにね。
で、心配なんでどうしたんだよーって外から声をかけるんだけど、やっぱりお前も来いよーって返事ばかりで其奴出てこない。
十分くらい経ったかなあ。おかしいんですよ、寸毫もあれば十分見終わるのにね。
出て来ない。
仕方ないから私もね、中に入って連れ出そうと思ってね。
廃屋の中に入ったんですよ。中は埃と黴の臭いでね、ムッとする。それで何か圧迫感というか密度が濃い。飲み込まれるような物凄さがある。
土間があってね、其処が台所になってる。
コンロの周りが焦げててね。小火でも起こしたのかな。壁が黒くなってる。
土間の反対側が風呂場で、洗濯機が置かれてる。もう朽ちてるんだけどね。
廃屋って空っぽならそんなに怖くないんだけど、こういう物があると怖いんだよね。
生活の名残みたいな。残された遺物と一緒に、まだ何かが住んでるような気がしてさ。
不気味だよ。
でもきっと寂しいよね。
こんな所にいたら。
取り残されちゃってるんだもの。
で、扉を開けると便所があってね。水栓のレバーを引いたらね、水が、流れた。ジャアって言って水が流れた。
雨水か何かが溜まってたのかな、タンクに。腐ったような赤黒い水がね。
でも、私それが怖くてね、ゾッとした。だって水が流せるって事は家が生きてるって事ですよ。もうとっくに死んでるのに。幽霊みたいですよね、家の。
で、トイレから出て家の中見渡しても、友人がいないんだ、やっぱり。狭いから家の中、全部見えるの。でも先に入った友人がいない。
おーい、って呼んだ。
聞こえない。
もう一度、おーいって呼んだ。
そうしたらこっちだようって声がした。
土間から上がった客間の向こうが襖で仕切られていてね。その奥から聞こえる。
早く来いようって友人の声がする。
今行くようって言って客間に上がった。ちゃんと靴を脱いで揃えてね。お邪魔しますって言って。
家の中、真っ暗なんだけどね。
物が散乱してる。誰か若者が肝試しにでも来て遊んだ跡なのかな、スナック菓子の袋とかクリームパンの袋とか卓袱台に置かれてる。まだ新しいように見える。中身も入ってたんじゃないかな。湯呑も置かれててね。今まで其処に誰か住んでたように見える。気持ち悪いですよ、こんなボロボロの廃屋に人が住める訳がない。床も腐ってるしね、もし、住んでる人間がいたら、もうそれは人間じゃない。
そんな不気味な存在が、手招きしているように見えるんだよね。
で、奥にいる友人に今行くようって声かけると早く来いようって呼ばれる。
で、怖怖と襖まで行ってね、手をかけて……。
開けた。
うわっと思った。本当にまっ暗。昼間だけど明かりが入らないから。で、目が慣れると物の形が分かってきて、仏間になってるんだよね。
正面に仏壇がある。
扉が閉じてるんだけど。
仏壇しか無い。真っ暗の中に真っ黒い仏壇だけ、ある。
他には何にもない。
仏間に入ってね、耳を澄ますと声が聞こえるんだ。仏壇の中から。
こっちへ来いよう
こっちへ来いようって。
仏壇の中から聞こえるの。
で、私もね
今行くようって言って
仏壇の扉に手を掛けたら
ガッと肩を掴まれてね
振り向いたら
友人が凄い顔でこっちを見てるんだ。
なんだよって言ったら、何してるんだよって怒鳴られてさ。
そうしてるうちにも、こっちに来いようって呼ばれるから、いま行くようって返事して。
仏壇の扉開けたら、ギイって開いて中に沢山の人がいて、皆で呼んでるんだよね。でも仏壇って小さいじゃない?よくこんなに沢山入ったなあって思ったら、
みんな首しか無いんだ。
首しか無いから、いっぱい入るよね。ああ、なるほどなあって思っちゃった。で、みんなが呼ぶんだ。
早く来いようって。
友人がそれ見てギャアって叫んでね、
半狂乱になって「やめろよ」って私を止めるものだから、私もそれを突き飛ばそうとするんだけど、私、髪の毛掴んでるからね。
女の。
女の人の髪の毛掴んで此処まで引き摺って来てるんだ。だから友人を?友人?
いやそいつ知らない奴なんだけど、
追い払えなくてね。しつこいんだよ。
で、足元見たら鉈が落ちててさ、こりゃあ良いやって思って。
で。
「 で。 」
(了)
(怪談語り「生首」御首了一)