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七つの幸運ep.「悪魔の利き腕」④

4.

 赤と黄色の全面戦争の終局は、すぐそこまできていた。

「まさか来人、お前と戦り合う日がくるなんてな」

「俺も、できればあんたと喧嘩すんのだけは避けたかったんですけどね」

 一方通行の路地裏。向き合ったふたりの男は、親しげに言葉を交わしながらも、互いに相手を見据える視線は鋭い。顔見知りの馴れ合いなんかでは決してない。敵同士の、シビアな距離感。

 石礫の鉄パイプによる変速野試合が開幕される、三年前。

「どうやら、そうもいかなかったみたいで。行きがかり上、俺があんたを止めなきゃなんねえ」

 利手川来人。ききてがわらいと。悪魔の五人組『スカイレッド(血濡れの空)』のナンバーツー。痛くも痒い右腕。

「ほお、大きく出たな。できるのか、お前に」

 黄金望濁渉。こがねもちだくと。域還市最大手カラーギャング『ニードルビー』ナンバーツー。黄金を望む金将。

「やるしかねえさ。響をテッペンに連れてくために」

「ばかいえ。王者はうちの鋭利だ」

 硝子張響と雀蜂鋭利。

 喧嘩屋集団『スカイレッド』リーダーとカラーギャング『ニードルビー』王将。

 域還市、最強候補。

「なあ来人。やっぱりお前は、俺と同じだったな」

「俺はあんたにはなれねえよ。なるつもりもない」

 対立するふたつの組織の二番手が、左右を壁に阻まれた狭い通りで対峙する。いつでもリーダーの横に立って、彼らを立てて戦ってきたふたりの副長が、いま、その身ひとつで敵を牽制し合っている。

 ただ、両者とももうすこし、この緊張感を楽しんでいたいらしい。

 他ならぬ自分を、自分だけを相手が見てくれている、この状況を。

「俺は雀蜂鋭利の駒じゃない。硝子張響の右腕だ」

「相変わらずバカだなあ、来人。両脇固めてやんねえと、左からぶっすり刺されるかもしれないぞ?」

「あいつ、左利きでしてね。左隣に立つと『邪魔だぶっ壊すぞ!』って、切れんですよ」

「ふはっ、なんだそれ。お互い、大将には苦労かけられっぱなしだな」

 人間は複雑だし、心情は猥雑だ。

 笑ったから楽しいとも、笑みを浮かべているから優しいとも限らない。そういう表層的な面に惑わされて──毒蜘蛛の糸に絡め取られて──いま、軍隊蜂の大群はその統率を失って、三々五々と散らばってしまっているのだから。

「苦労かかんのは、大将だけじゃねえですが」

「だな。ちがいない」

「……すみませんね。あんたらのこと、ずっと騙してて」

「べつに騙されてねえよ。お前がなんか企んでたことくらい、最初から気付いてた。来人わかりやすいし」

「なっ……! なんだそれ、俺めちゃくちゃ恥ずいじゃん!」

「バカだよなあ、来人はほんと」

 人生は流動だ。時間は巻き戻せない。悔もうと、懐かしもうと、二度と過去には戻れない。

 一度壊れた関係は、断ち切った絆は、どう足掻いたって再び繋がることはない。

「クキネが、怒ってたぞ。お前のこと」

「でしょうね。あの人、裏切りとか嫌いでしょ」

「裏切られるのが好きなやつなんていねえさ」

 蜂と悪魔の一大抗争。針刺し腕差し大立ち回り。その、最終局面。

 幹部同士の一騎討ちが、始まろうとしている。

「クキネの心に灯った一本槍はなかなか折れねえぞ」

「うちの参謀は絡め手が大好きでしてね。気に入らねえが、道場仕込みの関節技は筋金入りっすよ」

「コヅツ以上に俊敏に動ける奴を俺は見たことがない」

「どんだけ速く動いたところで逃れらんねえんすよ。うちのバカ女の暗器からは」

「ガクトさんにみんな壊されちゃうかもしれないぞ?」

「認めたくないけど、うちの怪物坊主の腕力はめちゃくちゃなんすよ」

「鋭利の強さは本物だ」

「響の強さは化物ですよ」

 ひとしきり戦局を整理し、仲間への信頼を確認してから、ふたりの男は同時に叫ぶ。

「「勝つのは俺たち(ニードルビー・スカイレッド)だ」」

 副リーダーは、誰よりもチームのことを、仲間を、見ていなければならない。

 トップを祭り上げることしかできない彼らにとって、チームとは己自身であり、仲間とは我が身魂なのだ。

「だから俺がここで負けるわけにはいかねえんだ」

「悪いけど俺の前に立った時点で、詰みは見えてる」

「だったら、盤ごとぶっ壊すだけだ」

 交す言葉は、もうない。

 あとは、拳を交わらすのみ。

「じゃあ、来てみろよ。来人」

「覚悟しな、黄金望さん!」

 黄金の針と悪魔の利き腕が、衝突する。

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