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七つの幸運ep.絡糸繰糸「絡繰仕掛けの舞台袖」⑤

5.

「お願いします。わたしを、『ニードルビー』に入れてください」

 中学二年生の少女が属そうとするコミュニティとしては、その集団には苛烈な雰囲気が漂い過ぎていた。

「なに、冷やかしなら帰ってくれる?」

「まあまあ、クキネ。見学くらいはさせてあげてもいいんじゃないー? かわいいし、この娘」

「ダンっ、そうやってまたあんたは……!」

 頭に黄色いカチューシャを巻いた高校生くらいの女が、これまた全身を黄色のつなぎに包んだ同い年くらいの男の軽薄な態度を非難する。空気の隙間を縫うように張り詰められていた糸が、わずかに、揺れる。

 花は、どんな環境でも咲く。いつか枯れるとわかっていても。

「あははっ! あーあ、かわいこちゃんのせいでまーたクキネとダンが喧嘩したっ」

「やめておけ、コヅチ。新入りをむやみにいびるな」

「えーでもガクトさん、この子入るって決まったわけじゃないじゃん。まだ少女だよー?」

「お前がここに来たときも、似たようなもんだったよ」

 黄色のハットを被った女の子──少女と同じくらいの歳にも見えるが、あどけない容姿と喋り口調の奥からは、どこか内面の成熟さが伺える──を嗜めるのは、筋骨隆々な大男。見るからに武闘派な彼の表情はしかし、この場にいるだれよりも穏やかだ。

もっとも。

「ふうん……。飛車に香車に歩兵、それと……鐡将か。なかなか、使えそうじゃない」

 心に秘した思惑や感情など、他人が把握できるはずなどないのだが。

「ん、どーしたの? 新入りちゃん」

「いえ、なにも。ダンさんがかっこよくて、見惚れちゃってました」

「え? まじ、俺そんなにかっこいい?」

「はい。とっても」

「もう、ダンっ、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」

「あはははっ!クキネはほんと、ダンのこと大好きだねーっ!」

「すっ……! い、いいかげんなこと言ってんじゃないわよコヅチ!」

「そうだ。わざわざ口に出していうことじゃない。野暮ってもんだ」

「ガ、ガクトさんまでっ……!」

「んー? どしたのクキネ、なんの話?」

「あーもうっ、不快不快、すっごい不快!」

 いくら大人びていようと、腕と心に強さを込めていようと、苛烈な雰囲気を纏っていようと。

 彼ら彼女らはまだ若い。ただクラスメートよりも少し喧嘩や抗争に慣れているだけの、学生達だ。

 少女はそこにいる面々の顔を順番に、ゆっくりと眺めてから──静かに、つぶやく。

 人形は、家に置いてきている。

「でも、わたしがほしいのはやっぱり──」

「どうしたお前ら。騒がしいぞ」

 チクリ。

 新加入希望の少女と、その存在から派生した痴話喧嘩によりふわっと緩みかけていた空気が、再び強張る。カチューシャ女の槍のようなキツさとも、大男の鈍器みたいな圧迫感とも異なる、鋭く細く、刺すような威圧感。

「──きたわね」

 まさに、王将の風格。

 カラーギャング『ニードルビー』のボス、雀蜂鋭利。域還市には、彼が巣食う縄張りがいくつも存在する。群雄割拠の路地裏、最大手の兵力と情報──甘い蜜に誘われて迷い込む虫は、少なくない。

 無事に出れた者は、皆無だが。

「だれだ、その女は。これまた随分と若えが」

「初めまして、雀蜂鋭利さん。雲風中学二年生、絡糸繰糸っていいます」

 柔らかく、朗らかな笑顔。

 絡糸繰糸が、雀蜂鋭利に初めて接触したときに見せた顔。

 人を騙すのに、うってつけの表情。

「中二? おいおい、大丈夫なのかよ。まだガキじゃねえか」

「まあそういうな、ハジキ。逆にいえばその年で、女で、ここまで一人で来るなんてなかなか根性あるじゃないか」

「そうかあ? ったく、コガネは優しすぎんだよな」

 鋭利の横には、二人の男。

 王座を囲う城壁。スズメバチの両翼。

 金将と銀将。黄金を望むいぶし銀。

「っていうか、コガネモチさん? 女だから弱いってのは聞き捨てならないなあ」

 にわかに緊張感の増したなかでも、先ほどまでと変わらぬ抑揚で声を発するのは、黄色ハットの歩兵。怖気知らずの先兵は、組織のナンバーツーにも臆さず攻め込む。

「ね、クキネっ」

「え、わたし?」

 唐突に矢面を向けられ、驚いた風なのは、黄色カチューシャをした香車。芯の通った一本槍の彼女は、しかし自分の意見を曲げはしない。

「……まあ、男とか女とか、そういうくだらない感情を戦場に持ち込むつもりはないわね」

 そうして穿つような視線を、新入り希望の少女──繰糸に向けながら。

「あなたもそうでしょ? 黄色パーカーちゃん」

 しばらく、両者の視線が交差する。

 これはなにも色恋や若者に限った話ではないが、気にしている事柄であればあるほど、否定してしまうのが人情というものだ。ほんとうに戦場に性を持ち込まない──たとえば、後に域還市の頂点に立つ『モスキート』のような──輩であれば、そもそもそういった発言が出てこない。

 カチューシャの視線が、繰糸から逸れる──花の茎から滴る蜜は、粘っこくも、根が深い。節操なく幹部に取り入ろうとする新参者が気に入らない、というよりは、もっと個人的な情緒から湧く苛立ちを感じているようだ。

「……いえ。わたしは、弱いですから。そんな自分を変えたくて、勇気を振り絞ってここに来たんです」

 繰糸は被っていたパーカーのフードを外して、鋭利の元へ一歩、近寄る。

「あなたみたいに強くなりたくてね、雀蜂さん」

 思えばこれが、あの終結への初めの一歩だった。

「……ふん。ちょうど、この前入った男がこいつと同じ年くらいだったな。ハジキ、こいつはお前が預かれ」

「あ、俺?」

「よろしくお願いします、ハジキさん。まだ右も左もわかりませんけど、一生懸命がんばるので、色々と教えてください」

「……まあ、しょうがねえな。ちゃんとついてこいよ」

「はい!」

──なんか、調子狂うな。

 この時点での銀将の新入りに対する評価は、そんなところだっただろう。

 この先に待ち受ける自身の運命になど気づく気配もない教育係に笑顔の追い討ちをかけてから、繰糸は、自分のボスとなる男に、身体を向ける。

「いつか、あなたの横に立てるように頑張りますね!」

「……あぁ。期待してるよ、絡糸」

 こうして。
 
「──こっちこそ、期待してるわ。蜂の王様」

 統率の取れたスズメバチの群れのなかに、毒蜘蛛が一匹、紛れ込んだのだった。

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