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七つの幸運ep.刻ノ宮蓮珠「退屈だった彼ら彼女らの、成長の瞬間」②

2.

「──わたしと奇跡ちゃんの関係、ですか?」

 安楽詩衣。あんらくしころも。公立域還高校二年二組出席番号二番。安楽詩家次女、跡取り候補。

 囚われていた調和から抜け出し、自意識が芽生えた学級委員。

「うん。奇跡さんと安楽詩さん、最近やけに仲がいいじゃない」

 刻ノ宮蓮珠。ときのみやれんず。公立域還高校二年一組。断片を切り取る写真家。

「ふたりの間に、なにかあったのかなって」

「なにかあったのか、と言われましても。仲がいいことに、理由なんてあるんですかねー」

 一眼レフカメラを構える蓮珠の質問に、気の抜けた敬語口調で答える衣。フィルムの奥で思い思いのポーズを取るその姿は、品行方正で優等生然としていた数ヵ月前の彼女からは想像もできない。校内新聞に掲載する委員会名簿の撮影でそんなに躍動されても困りものだが、どうやら興が乗ったようで、動きを止める気配はない。カメラのシャッター音に合わせ、腰を曲げたり、腕を上げたり、身体全体を使って自分を表現している。

 学級委員長はショートの黒髪を靡かせながら、楽しそうに笑って、続きの言葉を口にする。

「友情に、理屈なんていらないでしょう」

 モデルさながらにポージングを決めながら。眼鏡を卒業し、コンタクトレンズにしてから、激しく動くことに対する抵抗感はなくなった。

「……ほんとうに変わったね。いや、これがきみの真実か」

 もっとも、この口調以外の容姿性格の変化はなにも、眼鏡の有無によるものだけでないことは明白だが。

「? なにか言いました?」

「いや、べつに。安楽詩さんポージングがとっても上手だから、撮りやすいなって」

「えへへ。そんなに褒めても、内申点くらいしか出ませんよ?」

「きみは生徒に対して教員と同等の権力を持っているんだね」

 和やかな雰囲気のまま、撮影は進む。公立域還高校二年二組の教室では、長期に亘って繰り広げられていた文化祭に向けての放課後学級会も終わり、教室にはこのふたりしか残っていない。撮るものと撮られるものだけの、健全な空間。

「冗談ですよ。まあでも、わたしがこれまで積み上げてきた優等生ポイントはすでに、ひとりでは消化しきれないほど溜まっていますからねー。みんなに配ってあげたい気持ちは山々です」

「優しいのか嫌味ったらしいのかわからないね、安楽詩さんの言葉って」

「わたしは事実を喋っているだけですよー。……どこかの占い師さんみたいに」

 そういって、ひときわ楽しそうに笑う衣。その表情はまるで、夏休みに繰り出した冒険を思い出す少年のようであった。いまの彼女の様変わりは、夏休みデビューみたいなものともいえるが──刻ノ宮蓮珠がいうにはどうやら、それこそが彼女の、安楽詩衣の真実、なのだそうだ。

 家系のしきたりとか、役職とか役割とかさえ気にしなければ、安楽詩衣というキャラクターは元来、こういう性質であることが自然なのだと。

「占い師?」

「こちらの話です。ああでも、刻ノ宮くんとすこし、雰囲気は似てるかもしれませんねー」

 蓮珠のカメラに、衣のいくつかの断片が記録されていく。実用されるのは一枚だけ。そのたった一枚を撮るために、何回もシャッターを切る。

 写真家とは面倒な生業だ。しかしだからこそ、かけがえのない成果を生む。

「ふうん……まあ、いいや。じゃあもうちょっとだけ、今度は静止した状態で撮ってみよう」

「はーい。静止か……つまらないですね」

「文句ばかり言わない。わがままと自己表現は、べつものだよ」

「だから、冗談ですってば。──あ、そうだ。そういえば、さっきの質問の答えなんですけど」

 ポージングを解き、姿勢正しく前に向き直る。カメラのレンズを通して、撮影者と目を合わせる。意外とおしゃべりなのは昔からで、テストの成績も授業態度も変わらず良好、物腰も以前と同じく軽い調子。変わったところといえば実は開放的な見た目くらいなような気もするが、いちばんの変化──成長は、人と目を合わせるようになったことだろう。

 数字ではなく、人として接する、付き合い方を覚えたらしい。

「わたしと奇跡ちゃんは、友達ですよ。大学も、同じところに行こうかとお話ししていますー」

 カシャッ。

 教室の中心に座って、ひとりで意見を集計していた頃には見られなかったその笑顔は。

 紛れもない、安楽詩衣の真実そのものだった。

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