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#1400字小説「わたしたちは百つ合う」

 週末の居酒屋は、人でごった返していた。

 職場の愚痴を溢し合うスーツ姿のサラリーマン、一つの大皿を笑顔でつつく四人家族、コールでバカ騒ぎする大学生集団。同じ夜を同じ場所で過ごしていても、環境や年代がちょっとズレるだけで、飲み方にもこうも差が生まれるものか。

「お待たせしました。ビールと、オレンジジュースになります」

 テーブルに、頼んだ飲み物が運ばれてくる。店員さんは右手と左手に持ったグラスを、どっちにどう置こうか一瞬悩んでから、腕をクロスさせて配膳を完了させる。

 わたしは目の前に置かれたオレンジジュースと、奥に遠ざけられたビールをくるっと交換してから、グラスを持ち上げる。対面に座る渚(なぎさ)も、まるで鏡みたいに、わたしの動きに合わせてオレンジ色のグラスを持ち上げてくれる。それだけでなんだか、飲み出す前からアルコールが入ったみたいなテンションが出来上がってしまう。

「じゃあ、大学時代の親友との再会を祝して、かんぱ〜い」

 互いのグラスの縁、唇が触れる飲み口の反対側を、チンと重ねる。

 周囲の雑音は止むことはないが、お通しを挟んで乾杯をしてしまえばもう、ここはふたりだけの時間だ。

「再会って。私たちが卒業してから二年の間に、もう何回も会ってるでしょ。ていうか、先週もふたりで飲んだし」

 スーツの袖を捲りながら、渚は呆れたように笑う。営業職である彼女は、この炎天下でも外回りに勤しんでいたのだろう、シャツは汗でべったりと張り付いてしまっている。グラスに移した口紅を拭う振りをしつつ目を逸らしながら、もしかしてこの待ち合わせのために走ってきてくれたのかな、などと都合の良い想像をしてみる。泡の苦味が、舌の上を滑り落ちた。

「あれそうだっけ? でもまあいいじゃん、何回会ってたって再会は再会っしょ」

「それだと、私はあと何回あんたと再会すればいいのよ」

 たった一口飲んだだけで酔うはずもないのに、頬が赤くなっているのがわかる。渚はわたしの袖に舞うフリルを摘んで、わざと意地悪な声を出す。

「いいよね、デザイナーは。自由でさ。百合、その格好で出社してんでしょ?」

「そうだよ〜。オシャレを楽しむのも、仕事の内だからね」

「お仕事熱心ですこと。あーあ、そりゃこんなゆるふわフリルとスーツ女だったら、店員さんもこっちがビールだと思うわ」

「渚はお酒飲めないのにねー」

 アルコールが苦手な渚は、同窓会なんかではみんなに合わせてカシオレを頼んだりしているが、わたしとふたりのときはいつも、ただのオレンジジュースしか飲まない。ノンアルのグラスをぐびっと煽った勢いのまま、聞いてくる。

「仕事終わりにそのままデートとかできちゃいそうだよね。どうなの、百合、職場で出会いとかないの?」

「ないな〜全然ないよ」

「やっぱないか、安心した」

「なによ、安心って」

「百合、ドがつくほどのメンヘラだもん。学生のときにあんたと付き合ってた彼なんてさ、『百合根に○○○切り落とされそうだから助けて!』ってわたしに泣きついてきたんだからね」

「だってさあ。好きな人と自分の身体ににちがうところがあるって、嫌じゃん」

 ビールとオレンジジュース。スーツと私服。営業職とデザイナー。

 仕事も趣味も性格も全然ちがうけど、根本的なところでわたしたちは同じだ。

「じゃあ、もう一生好きな人とか作れないじゃん」

 呆れる親友に、口に泡を含んだまま、返す。

「そんなことないよ」

 わたしたちは、馬が合う。

好きな人と『ちがう』部分が存在するわたしを、わたしは許せなかった。だから、恋をするたびに苦しかった。きっと、永遠に、人として生きていく以上はこの辛さから逃れられない。そう思っていた。でも。「好きになってもいいんですか?」あなたに恋をしたわたしの心は、とても穏やかです。
#異性の部位

 この小説は、Twitter上で公開したこちらの#140字小説の拡張版です。併せてお読みいただければ幸いです。フォローくださるともっとうれしいです。

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