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ティルドラス公は本日も多忙④ 都ケーシの宮廷で(53)

第十一章 饗宴(その1)

 ミッテルはティルドラスの来客用に割り当てられた小部屋で待っていた。最上の礼服をきちんと着込んでいるということは王宮からまっすぐ親王家にやって来たのだろう。そのことからも、何か突発的な出来事があったことがうかがえた。
 「良くない報せだ。」ティルドラスが席に着くのも待たず、開口一番ミッテルは言う。「今日、宮廷にトッツガー家からの使者が現れた。ミレニア公女とマッシムー家の公子・ミギルとの縁談に王の許しを得るためらしい。」
 「それは――。」息を呑むティルドラス。
 「ミレニア公女との縁談に王の口添えを得られるよう君が動いていることは、当然トッツガー家の方でも嗅ぎつけているだろう。それを知ってむこうも動いてきたと見える。まあ、予想されたことだが。」
 「どうすれば良いだろう?」
 「慌てふためく必要はない。ただ、安閑としてもいられない。」とミッテル。「これまでやってきた根回しはそれなりに効果を上げている。王に願い出をするには今のところ君の方が一歩、いや、二歩ほど先んじているはずだ。ただ、王宮内にはトッツガー家の権勢におもねってその代弁者になる人間も多い。トッツガー家がそういう連中を後ろ盾にして、さらに財力にものを言わせてくれば差はたちまち縮まる。ここはもう一押しして差を広げておきたい。」
 「何か策があるのか。」
 「八月ももうすぐ終わって暦の上では秋に入る。それに合わせて季節変わりの小宴が近く開かれる予定だ。その宴の宰領を願い出ればおそらく認められるだろうし、そこで王を満足させられればお覚えは格段にめでたくなる。うまく行けば王直々に声をかけられて、その場で願い出を許されるかもしれない。――だが、賭けだぞ。しくじれば逆に王の不興を買うことにもなりかねない。どうする?」
 少し考え込んだあと、ティルドラスは言った。「賭けてみる価値はあると思う。」
 「だとすればすぐに動く必要がある。饗宴までの日数がほとんどない。明日にでも宴の宰領を申し出て、正式の許しが出る前に各所への手配を始めておかなければならない。」
 「そうなのか。」
 「その上、金もかかる。」この種の催しの費用は全て宰領を命じられた者、つまりティルドラス持ちである。「このあいだ会ったザイン=リキニオスの祖父・アルスール=リキニオスがグレグナモン王を自邸に迎えたときに金十万枚を費やして王も驚嘆する豪華な饗宴を開いたのは四十年経った今も語り草だ。」
 「金十万枚!」驚くティルドラス。「とてもそんな金はない。百分の一でも無理だ。」
 「分かっているさ。だから金より知恵を働かせて、王のお気に召すような趣向を考えねばならないだろうな。多少の助言はできるが、残念ながら僕はそちらの方面にはうとい。あくまで君の才覚で宴席の出し物を決める必要がある。それでもやるか。」
 「やろう。」ティルドラスは大きく頷く。
 とは言ったものの、王宮の公的な行事の宰領をティルドラスの一存で決めるわけにはいかない。その晩のうちに彼はチノーとフォンニタイを呼び、季節変わりの饗宴の宰領を願い出るべきかどうか相談する。
 「願い出るべきでございます。もったいなくも王が臨席される饗宴の差配を任せられるとは、何たる誉れ、何たる喜びでありましょうか。実現すればわがハッシバル家の名声はいや増し、摂政の君もさぞやお喜びになることでございましょう。」例の大仰で気取った口調でフォンニタイが言う。
 「わたくしも賛成でございます。ここで王のお目にとまれば伯爵の願い出が聞き届けられる望みも高まるはず。大変によろしいかと存じます。」チノーも頷く。
 「?」いつになく物分かりの良い二人の様子にティルドラスは少し怪訝な表情になるが、ともあれ彼らも同意はしてくれた。翌日の朝一番でチノーを王宮に派遣して饗宴の宰領を願い出る一方、彼は部下たちを集めて催し物の相談をする。その中には、ちょうど親王邸を訪れていたホーシギンも含まれていた。
 「季節変わりの小宴でございますか。通例では、招待客は王を初め王族の皆様と朝廷の高官などおよそ五、六十人、夕方から始まり、時間にして二こく(4時間)少々をかけて夜に終わるといったところでしょうか。それに合わせて料理の献立や余興を決める必要がございますな。」話を聞いてホーシギンは言った。
 「招待客の人選が難しい。単に地位の高い人間から順に招けばいいというものでもない。同席させると喧嘩を始めかねない顔ぶれや、自分が招かれないことにへそを曲げてあとから仕返しをしてくるような人間もいる。そこは気をつける必要がある。」とミッテル。
 「そのあたりは全く分からない。任せて良いか?」
 「やってみよう。」ティルドラスの言葉に頷くミッテル。「ただ、招かれてしかるべきなのに選に漏れる人間がどうしても七、八人ほど出る。彼らにはあらかじめ丁重に詫びを入れておいた方がいいだろうな。むろん、それなりの進物も添えてだ。」
 「分かった。――しかし、招く客を決めるだけでこれなのか。想像以上に難儀で煩雑はんざつなものなのだな。」ため息をつくティルドラス。
 「気の合う仲間同士で集まって和気藹々あいあいと楽しむ世間一般の宴会とは違うんだよ、王宮のこういう宴席は。腹に一物ある人間たちが手練手管を尽くして王や高官たちの機嫌を取ることで自分たちに有利な状況を作り出そうとする、そういう油断ならない策謀の場なのさ。」
 『それにしても、この顔ぶれは何というか――。』集まった者たちを見回しながらホーシギンは考える。これまでティルドラスと行動を共にする中で周囲の人間たちと関わりを持つことも多かったが、ハッシバル家に代々仕えた家柄の出身者などほとんど見当たらない。血縁とはいえかつて存亡を賭けて戦った仇敵同士の家柄でもあるミッテルを初め、旧バグハート領出身のレック兄弟にメルクオ=リー、ティルムレチス近郊の貧乏郷士の息子であるドゥーカン、逃亡剣闘士出身で奴隷のサクトルバスまで。国元で摂政のサフィアに国権を握られ、自力で腹心の部下を探し出さねばならないという事情はあるのだろうが、これまで目にした国持ちの諸侯たちと比べても、彼に仕える人材の雑多さは桁外れである。『しかもその人材たちが、おのおのその才を存分に発揮して伯爵のために働いている。このような場所であれば、自分もあるいは――。』

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