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吉祥寺で不思議な体験をした3月11日

昨日は、大槌町吉里吉里の吉祥寺ですごした。

13:00、鐘がなって、中庭にいた人たちが本堂前に集まってきた。
今日は密を避けるために、屋外での法要になっている。

読経が始まった。
青天でポカポカとしていて風もなく、
コートがいらないぐらい過ごしやすかった。

マイクを通していないからかすかにしか聞こえないが、
和尚さまがいい声でお経を読んでいる。

手を合わせて、目をつぶって、しばらくお経に耳を傾ける。
すると、しばらくして「ふわっ」と身体が浮く感覚を覚えた。

本堂の脇に特設されたスロープから、
間隔をあけて中に入っていく。
今日は秋田、北海道、北上市などから5人、
篤志の和尚さまたちがきている。
和尚さまたちの視線を受け、お焼香をあげるにも緊張する。
見てはいないんだろうけど、見られているような気になる。
お作法はこれでよかったのかな……とか、あせる。

移動して、吉里吉里の漁港に。
この海にもまだ、吉里吉里に住んでいいた人たちがいるだろう。
14:46、海に向かって、読経、お焼香、献花。
お寺ではなかったが、30人のご遺族に対して和尚さんが短くあいさつ。
「みなさん、よくこの日を迎えられました。
わたしも、みなさんに支えられ、勇気づけられてここまできました。
前を向いていきましょう。
前を向いていけば、きっと道は開かれます。
ありがとうございました」
万感の思いがこみ上げ、涙声になっている。

2011年3月11日以降、高台にある吉祥寺は、私設の避難所になった。
漁師町であり、吉里吉里国の吉里吉里人たち(@井上ひさし)である。
吉祥寺避難所は、ときどき荒れることもあったが、
子どもたちが自発的にトイレ掃除をし始めたことをきっかけに、
オトナは冷静さを、避難所は秩序を取り戻した。
時計のないコミュニティでも、生活に乱れがないように、
早寝早起き朝ごはん、ラジオ体操を実施するようになった。

和尚さまは熱血漢でもある。
火葬が間に合わないからといって土葬をしようとした行政に猛烈に反発し、
100日供養には戒名と位牌をタダで提供してぼったくり業者の横行に対抗し、
まだ死んだとは決まってないいずれ帰ってくるという住民には、
戒名は生前につけるのが仏門の習いだと、ふんわりと包むように説得した。

2021年のこの日。
吉祥寺の和尚さまたちは、
旧大槌町役場跡地で本日最後の法要をおこなった。
旧庁舎を震災遺構として残すべきだと主張した町長は、
残すべきではないという対立候補者に選挙で破れ、
和尚さまも残すよう運動したが、望みはかなわなかった。

更地になった旧庁舎跡地には、
祈りの小屋と3体のお地蔵さまがたっていて、
和尚さまはお地蔵さまを愛しげに撫でていた。

吉祥寺での読経、合掌、祈っていたときの、
あの「ふわっ」とした身体感覚はなんだったのだろう。
すーっと身体が持ち上がった感覚は。