多菜田

とっても辛いカグラナンバン

多菜田、というお店がある。

たなだ、と読む。
「山古志ごっつぉ!多菜田」
がフルネームだ。

五十嵐なつ子さんに、話を聞いた。

2004年は台風が多い年で、
それでも新潟をことごとく避けてくれたから、
「よそは大変よね〜」
とかあちゃんたちとルンルンできのこ狩りをしてた。

その10日後のことだった。
午後5時。
紅葉している山々が、
棚田が、棚池が、
幼いころから見慣れた風景が一変した。

中学校が避難所になり、
区長が寄ってきて頼みがある、という。
「明日の朝、まんま炊いてくれ」
炊くのはいいけど、どのくらい?
区長は世帯数で概算を出した。
「600」
600食、素人のかあちゃんたちが、
翌朝から担当した。

「このあたりはどこも、お客さん用に5升炊きの釜を持ってるんです。
それで炊いてもらって、食材は持ち寄って、
なんとか600食つくったんです」

かあちゃんたちもとうちゃんたちも、いっしょに働いた。
「地域の人たちがひとつになった、って気がしてうれしかった」

目の前の現実は認めたくなかった。
「これは夢だ。まだ眠ってるんだ、って」

全村避難。ヘリコプターで上空に上がったとき、
夢から覚めた。
初めて泣いた。泣き崩れた。

2年の仮設住宅暮らしから、村に戻った。
かあちゃんたちとお茶を飲んでるときに、
「なんか、心苦しいよね」
という話になった。
水没しかけた村を、すんでのところで救ってくれた。
その後も、土砂を除き、道を付け、
うちを建ててくれた。

復興を手伝ってくれた人たちに恩返しがしたい、
といった。
震災前、闘牛を観に来た観光客、
錦鯉を仕入れに来たバイヤーたちが、
地元の食材を使った料理が喜ばれたのを思い出す。

野菜と山菜の天ぷら、山古志牛の牛丼。
カグラナンバンという地元産の辛い野菜を使ったグリーンカレー。
カグラナンバンだけでは、緑の発色が弱い。
葉っぱも入れてみた。
子どものころ、葉っぱを甘辛く煮て食べていた。

「越冬の知恵だね」
3mも雪が降り積もる冬でも、
山古志では食材には困らなかった。

週5日、11:00〜14:00の営業。
県内外からお客さんが集まる。
そう大きな店じゃないし、
靴を脱いで小上がり席なので、
民宿のような、誰かのうちのような気もしてくる。

今は月2回、夜も営業している。
地域おこし協力隊の女性が手伝ってくれる。
「とうちゃんたちのための、赤ちょうちんだね」