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夢枕で最期の挨拶/ミステリー体験

あの世へ旅立つ瞬間、人は何を思い、何を願うだろう。もう一度、会いたい。直接、会って、今生の別れをあの人に告げたい。
切なる望みは時空を超え、いつしかあの人の元へ……。

イラストレーション=不二本蒼生

夢枕の別れ

◆木下幸子/岩手県奥州市(65歳)

 これは、今から20年ほど前の私の体験です。
 市の大腸がん検診を受けたところ精密検査が必要という通知書が届きました。
 “きっと大丈夫”とは思いながらも不安な思いで再検査の日に指定されていた病院の受付に行くと、そこにAさんがいました。当時、勤めていた地元のスーパーで一緒に働いていた同僚の女性です。
 もっとも同僚とはいっても彼女の年齢は私よりも10歳ほど上で、持ち場も違っていたので、あまり親しい関係ではありませんでした。単なる顔見知りという感じで、顔が合えばちょっと挨拶をする、という程度のものです。
 そのためそのときも、偶然にもひょんなところで顔を合わせたことにお互い“アラッ”といった感じで驚き、何となく流れで待合椅子にふたりで並んで座ってしまったという感じでした。

 話の流れから、その日、彼女も再検査にきたことが判明。私が自分の不安を口にすると、「大丈夫だよ。心配ないよ」と、優しく私の肩をたたくようにしながら、笑顔で何度も励ましてくれました。
 やがてAさんが呼ばれて検査室に姿を消すと、それから間もなくして私も呼ばれ、緊張しながらも何とか無事に検査をすませました。
 ホッとしてロビーに戻ると、先に検査を終えたAさんが、座って私を待っていてくれました。私は彼女の笑顔に迎えられるようにして、隣に腰を下ろしました。
 検査についての話の後、彼女は自分が若くして農家の長男に嫁いだことや、姑さんが昔かたぎで厳しい人だというようなことを、自分でも笑いながらおもしろおかしく話してくれました。案外、話好きな人なんだなと、驚いたことを覚えています。
「最近、やっと免許が取れて、今日は車で来たのよ」と、とても嬉しそうにはしゃいでいた彼女の声が、今でも私の耳に残っています。

 その後、職場で彼女に会うことはありませんでした。せっかく親しくなったので気になっていたのですが、そのうち日々の忙しさに紛れて彼女のことは忘れてしまいました。
 届いた検査の結果も異常なしで、私は安心して平凡な毎日を過ごしていました。
 そんなある夜、私の夢の中にあのAさんが現れたのです。虚ろな瞳で何やら寂しげにしばらく私のほうを見つめています。やがてそのまま闇に吸いこまれるようにして消えていきました。
 なぜ彼女が自分の夢に現れたのか不思議に思いましたが、そのうち本人に会えるだろうから、そのとき話してみればいいかと思い、気にしないことにしました。
 しかし、その後もAさんと会うことはありませんでした。
 ある日の朝、何気なく目を止めた職場ニュースの「お悔み欄」に、なんと彼女の名前が! !
 聞けば、彼女はあの日、受けた検査結果がとても悪く、すぐに入院して闘病生活をしていたとのこと。どおりで会えないはずでした。知っていればお見舞いに行ったのにと、残念でなりませんでした。
 彼女は私にお別れをいいにきてくれたのでしょうか?

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