息子の名前/読者のミステリー体験
「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。
選=吉田悠軌
息子の名前
岩手県 57歳 匿名希望
私の息子は、一昨年の1月24日に行方不明となり、29日目に車の中で排ガス自殺をしているのを発見された。息子が死に至った経緯は、彼が中学校に入学したときに始まっていた。
当時、私は荒れた中学校に勤めており、毎晩遅くまで心も体も限界に近い状態で働いていたため気づかなかったのだが、そのころ、息子は毎日、クラブ活動(柔道部)の仲間たちからイジメの対象にされていたらしい。
体が小さく、性格もおとなしかった息子は、目隠しをされて足をしばられ、ときには裸にされて殴る蹴るの暴行を受けたという。彼らは決して顔などの見えるところは狙わず、ケガをしない程度に痛めつけたそうだ。一度は先生に相談したものの、逆にイジメがひどくなっただけだったので、その後はいっさい、だれにも相談しなかったとのこと。
高校を中退したのも、一時、家にひきこもり、私に暴力をふるったりしたのも、そんなイジメ体験が尾を引いていたせいらしい。
以上の話は、息子が20歳になったころ、初めて私たちに打ち明けてくれたことだ。そのころ、私には、すでに息子はすっかり立ち直っているように見えた。車の免許を取って仕事も見つけ、1年近くもがんばっていたのだから。
しかし、それから間もなく息子は突然、行方不明になり、排ガス自殺という道を選んでしまったのだ。
私は、息子の心の奥に残っていた傷の深さを、改めて思い知らされた気がした。
──つい先日、その息子に関して、驚くことが起きた。
私は、いつものように夕食のあとコタツに入ってテレビのスイッチを入れた。何気なくチャンネルを合わせたのは、某民放局の心霊にまつわる特別番組だった。
もともと私は、それほど心霊などに興味があるほうではない。しばらくぼんやりと画面を眺めているうちに眠くなり、いつしかうとうとと眠ってしまった。
ところが──なぜか、ある瞬間にパッと目が覚めてしまった。同時に私の目の前に、つけっぱなしのテレビの画面が飛び込んできた。
すると、なんとそこには、息子の名前が映っていた。
そこはどこかの山の中の二階家の廃屋らしく、幽霊が出るとのことで、霊能者の女性がカメラマンと一緒に調べている場面だった。その廃屋の壁に、赤い大きな字で息子の名前がはっきりと書かれており、それが画面いっぱいに映しだされていたのだった。
その文字は、まぎれもなく、息子の筆跡だった。
おそらく息子は、死ぬ覚悟で山中をさまよっているうちに廃屋を見つけて入り、その壁に、自分の名前を書いたのだろう。
息子が、何を思ってそうしたのか、確かなことはわからないが、私にはその名前の文字に込められた息子の無念さが、ひしひしと伝わってくるような気がした。
今は、ただ、息子が成仏してくれることだけ願い、私たちのできるかぎりの供養をしていくしかないと思っている。
(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)
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