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スナックのあさみさん/読者のミステリー体験

「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。

選=吉田悠軌

スナックのあさみさん

山口県 33歳 山口美亜紀

 平成7年4月、私が8年間も勤めたスナックが閉店しました。お客もママさんも、みんなとてもいい人ばかりだったのですが……閉店の原因は実は幽霊でした。
 ママさんにはあさみさんという高校時代から親しくしている友人がいました。デパートに勤めていた彼女は、毎週月水金は早く帰れるということで、必ずお店に寄り、いつもカウンターの右端の席で水割りを1杯飲んで帰っていきました。ママさんと彼女はまるで双子のように仲がよくて、うらやましいほどでした。
 昨年の暮れ、そのあさみさんが胃痛で入院したとママさんに聞きました。私もお見舞いにいかなければと思っているうちに、あさみさんは亡くなってしまいました。実は癌(がん)だったそうで、入院したときは全身に転移していて、すでに手のつけられない状態だったというのです。
 ママさんのショックは相当なものでしたが、何日も店を閉めているわけにもいかず、彼女の葬儀の2日後には、営業を再開しました。
 その夜は、沈みがちなママさんを励ましながらお店を開ける準備をしていました。すると、なんと、あさみさんが、スーッとドアを通り抜けるようにして店に入ってきたのです。そしていつものように、カウンターの右端の席に座って私を見ています。私はその日が金曜日だったことを思いだしました。
 なぜか怖いとは思いませんでした。やはりママさんも喜んでいるようで、そのガラスに映ったように透き通って見える彼女の前に、水割りを差し出しました。
 でも、彼女はその水割りに口をつけることもなく、入ってきたときと同じようにスーッとドアの向こうに消えてしまいました。それからというもの、今までと同じように毎週月水金になると彼女がお店に通ってくるようになったのです。しかも、そんな彼女の姿はママさんと私だけでなく、店に来ただれもが見えているのです。
 私たちは彼女がかわいそうという気持ちのほうが強くて、あまり恐怖は感じませんでしたが、他のお客さんは違いました。幽霊が出るという噂はあっという間に広がり、しばらくするとお客がひとりも来ない日が何日も続くようになったのです。
 ママさんは苛立ち、やがて閉店に……。先日、街で偶然ママさんに会いました。その後を尋ねると、「うん、今はね、私の家のほうに来るの。引っ越そうかとも思ったけど、だめよね。きっと、どこに行っても来ると思う」
 私には、なんだかふたりがとてもかわいそうに思えてしかたがないのです。


(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)

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