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時代妄想小説「月見櫓」

「月夜は敵も攻めて来ぬか」

私は櫓(やぐら)の外から、闇夜に浮かぶ美しい月を見上げ、感慨深くつぶやいた。

私は農業で生計を立てる家庭に生まれた。
幸い、食べるものには困らなかったが、毎月藩主の取り立てに苦しんでいる両親を見るのは居た堪れなかった。
しかし、城に仕えるようになれば、この国を変え、皆平等な扱いを受けられるかもしれない。
そのためには強くなるしかなかった。

私の家は城からはかなり離れていたが、私は特段に視力が良かったため、日々城の周囲で行われている剣士達の鍛練を垣間見る事が出来た。
畑にある錆びたクワやカマ、木の枝を加工制作した刀を使い、庭に作ったかかし相手に見様見真似で日々剣術や武術の習得に勤しんだ。


月日は流れ、城で登用の試験が開催されるとの知らせを耳にした。

私は、ずっとこの時を待っていた。

試験ではこれまでに習得した剣術や武術を大いに発揮し、合格する事が出来た。

城は、
藩主を城主とし、
戦術を考察する策士課、
武術の鍛錬を行い戦に備える武闘課、
城の財政を管理する石両課などで構成されている。
私は当然ながら武闘課に配属された。

城職員となって3ヶ月、
満月の夜に行われる月見の会という活動があることを知った。

月見の会は、所属課の垣根を超えて、城職員全員が参加しなければならない、趣味を介した交流会のようなものであった。
つまり業務の間の息抜きのようなものだ。
楽器、茶、かるた、詩歌などの会がある。

その会場となるのが、城の敷地内で最も見晴らしが良い、この月見櫓である。
月見櫓は、当初は敵からの侵略をいち早く発見するための見張り台の役割を果たしていた。
しかし、眺望や雰囲気が良いが故に、近年は娯楽を楽しむ場として利用されるようになっている。

私は、食や芸術には縁がなく無頓着であったために、読まれた札を取るだけで良いだろうと思い、かるたの会に属する事にした。

その月見の会が今宵開催される。

かるたの会は、城職員50名程度が属しており、10名程の班に分かれて、かるたを行う。

私はかるたの経験は少なかったが、班の皆が優しく教えてくれ、楽しむことが出来た。
暫くは和気藹々と皆が読み取りを楽しみ、業務の疲れがすっと消えていくような思いがして、心地良かった。

しかし、夜更け頃から、その様相ががらりと変わってきた。

突然、数人が尻を出し、その他の者がその尻にぺたりぺたりとかるたを貼り出したではないか。
私は目を丸くした。
双方が何を当然のように、尻を出しそこにかるたを貼るのか。

貼り終わると、何事もなかったかのように、再び読み札が読まれ始めた。
取り札がわかった者が電光石火の速さで、札が貼られた尻に向かう。
そして、平手でパチーンッと尻に貼られたかるたを思い切り弾き飛ばした。
尻の主は「あいたー」や「ひやー」などの声をあげている。
そうである。これがこの会の真実であった。 
業務での憂さを、尻を叩き叩かれる事で晴らし、欲を満たしていたのだった。

そして、私の班の長が不適な笑みを浮かべながら私の方をちらりと見て、「次、支度せい」と言い放った。
私の尻には全体にびっしりと毛が生えており、そんな恥じたものを他人の目に晒す(さらす)など、到底耐えられなかった。
この国を変えるために、苦労してここまで来たが、自分の尻の毛を見られてしまうのならそんな野望などどうでも良くなってきた。
こんな会がある城なんぞ辞めてしまいたい。

その時、私は決意した。
「よし、城を出るぞ」

私は全速力で窓の方へ走り出し、体を丸めて窓を破りながら、櫓の外に飛び出した。
その音を聞いた皆が「逃がすなー」と騒ぎ出した。
私は何とか地面に着地し、頭の中で城からの逃げ道を探しながら、とにかく走った。

「はぁ、はぁ、どこが早く出られるであろう」

その時、目の先に井戸のようなものが見えた。

「あれは空井戸か」

空井戸は、以前は生活用水を汲む場として使用されていたが、立地が悪く、移転の声が多数上がったため、現在は生活拠点である西の丸の近くに新しく作られた井戸が利用されている。
このことは入城当時、先輩が城内を案内してくれた際に説明してくれていた。
そして、こっそりと、ここが城外への抜け道になっている事も教えてくれた。

「ここしかない」

私は走る速度を上げ、空井戸へ急いだ。
その時、副班長2人が行く手を阻んだ。
「逃げられると思うな。洗礼を受けるのだ」

しかし、私は勢いを緩めず猛進しながら、その2人を回し蹴りで吹き飛ばした。

「私が武闘課の所属だということを忘れていたようだな」

そして遂に、空井戸に到着した。
空井戸の入口には、誤って落ちてしまわないように竹編みの柵が被せてある。
私はその井戸口の竹柵へ尻から飛び込んだ。
私の強靭な尻の前では、強固な竹柵も屁でもなく、ばりばりばりと音を立てて井戸底へ落ちて行った。
私も井戸底まで落ちたが、底には藁が敷いてあったため、大きな怪我をせずに済んだ。
しかしその時、腕に痛みが走った。
矢が掠って(かすって)いる。
見上げると、なんと井戸口から大勢の班員が私目がけ、矢を放って来るではないか。
私は身を転がして、何とか井戸の奥に逃げ込むことに成功した。

「はぁ、はぁ。助かった。城の内情がまさかこんなことになっているとは。これならば、城下で細々と暮らしている方がまだましだ」

私はそう思いながら、井戸の中を住み慣れた城下町の方へと足を進め始めた。
しかし歩けど歩けど、出口は見えてこない。
私は怪我の痛みと疲労で、体力が限界に近づいていた。
すると、左右に無数の洞穴のようなものが遠くに見えた。入口には灯籠があり、明かりが灯っている。

「助かった。もし誰か居れば、食事や寝床を貸してもらおう」

私が洞穴に近づいていくと、人影が動くのが見えた。

私は疲労でこうべを垂れたまま、
「申し訳ない。何か食べる物と寝床を貸してはくれぬか」と言いながら、顔を上げた瞬間に、私の顔は固まった。

「大丈夫かね。大変だったろう。何でも言ってくれ。ただし、次の支度をしてからだがね」  
と、不敵な笑みを浮かべる班長とその後ろでにたりと笑う班員たちの姿だった。

「……は、はい」 

そして私の人生は、空井戸のように、潤いのない干からびたものへと堕落していったのであった。

(あとがき)
私の住んでいる県の、ある城跡を訪れた時に月見櫓というものを知り、この作品を書きました。
月見櫓跡でしたので、櫓の実物を見てはいませんが、難攻不落と言われたその城の、その場所からの眺望は足がすくむほどの大変素晴らしいものでした。

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