ウワン_フィアー_フィアー

ウワン・フィアー・フィアー

●恐怖とは何か

 恐怖とは。
 人も動物も、成長過程で「自身」を確立する。自分なりの尺度・世界観・システムを自身の中に構築し、同じ失敗を繰り返さぬよう・同じ成功経験を手に入れられるよう、構築した「自身」に添って行動する。「恐怖」はその「自身を揺らす力」である。
 此れは決して人間だけが持つ物ではないが、とはいえ、人間の申す「恐怖」と動物の持つ「恐怖」との間には差異がある。動物はホラー映画を観ない。動物は絶叫マシンに乗らない。動物はホラー漫画を読まない。
 何故人は其れ程に、他の動物にとっては避けるべき「恐怖」を得ようとするのか。

●人と動物の恐怖の差異

 恐怖は想像力である。
 喜怒哀楽が人間だけの感情で無い様に、5番目に列記される「恐怖」も人間だけの物ではない。此れは恐怖が生物の生存競争に必要故、採択された結果である。
 肉体的恐怖、即ち傷病に依る痛み・苦しみから繋がる「死」への恐怖。第三者にも明らかな恐怖。血が流れること、死体を見ること、それらを脳内で自身の肉体にフィードバックし、避けよ、と内より発する警告の声。ナイフを突きつけられる、猛獣や怪物に今にも喰われんとする、地震・大津波などの大災害に巻き込まれる、それらを映像として体験する、など。
 精神的恐怖、即ち自身の経験則・知識からなる、想像力の作り出した当事者のみの恐怖。主観性の強い恐怖。闇の中から出て来たモノ、それらが自分に与える危害・苦痛。直接その経験が無くとも、類似する例を脳内の蓄積から参照し、同じ苦痛を味合わぬよう、「危害を与えるモノ」ではなく、「危害を与えるモノが潜む闇」に対して、発する警告。「闇から恐ろしいモノが出て来た」という経験の無い赤子にとっては、闇は恐れるべきものではない。その経験・疑似経験を踏まえて、同じ失敗・同じ目に会わぬよう、恐怖する。
 其れ等は動物にも備わった「機能」である。
 恐怖し、何が起こるかを想像し、その場に達する前に、若しくは達している最中に、回避を図ろうとする。だが、動物と人間とを隔てたのは、次の恐怖の有無ではないかと考える。
「未知への恐怖」。

●未知への恐怖

 人間の想像力は、経験した事の無い物まで産み出す。闇の中に非ぬ物を視る。幽霊・妖怪。宇宙人・円盤。伝説・都市伝説。地獄・極楽。数多の禽獣の中より人間が這い出て来たのは、闇の中に「視た」から、では無かろうか。目前の景色以外を夢想し、他者の思考を追想し、自己の妄想の具現化を企む。全ての生命は自己保存を阻む物を避けようとするが、そも「阻もうとする物に出会う予兆から回避しようとする」という先見こそが、牙も爪も持たぬ我々人間の生存の武器であった。
 例えば、赤子が居るとしよう。彼に食糧を与える。ご飯を食べる→生存する、という図式が出来上がり、彼は生存を得る。が、もし対象が成人であった時、彼の脳内に描かれるのは2ステップとはいかないだろう。ご飯→どこからやって来たか、対価として何が必要になるか、安全な食糧か 生存する→一旦は食糧を確保出来た、次の食糧を確保して生存を維持するには何をすべきか、それでは一度にこの目の前の食糧を食べ切ってしまうのはまずい複数回に分けて摂取すべきか といったところだろうか。「死への恐怖」から目の前の食糧を食べ切る、のが赤子であるならば、成人は知識と経験から「死への恐怖」が多重化し、食糧を食べ切ることが生存に繋がる訳ではない、と考える。妄想する。この多重な思考・妄想、未来がどうなっているのか分からない、分からない故に自分の知識と経験を利用して可能性を考える能力が「未知への恐怖」である。
 次の瞬間、道路からはみ出した自動車が突っ込んで来るかもしれない。コンセントに刺さった携帯の充電タップを触った手が汗で濡れていて感電死するかもしれない。晩ご飯に食べた魚の腑に巣食っていた未知の寄生虫が腹の中で活動を開始し始めて眼から血を流して死ぬかもしれない。隣家で起きた夫婦喧嘩が波及し勘違いした奥さんが包丁を持って踏み込んで来るかもしれない。今押し入れの中から貞子みたいなお化けが出て来る?そいつは貞子じゃなくて人間かもしれない。幽霊なら良いけど人間が怖い。人間の方が怖い。人間は俺を裏切る。幽霊はシミに過ぎない、幽霊はゴミに過ぎない。見間違いに過ぎない。俺が今こうやってキーボードを叩いて一日が終わるのも、元はと言えば清水のせいだ。高校生の時に、プールの時間中に急にお腹が痛くなって、先生に言ってトイレに行ったんだけど、トイレに辿り着く前に下してしまって、水泳パンツが汚れた状態でトイレに着いて、後からトイレに来た清水にソレを見られて、お調子者のアイツが俺に「ウンパンマン」なんてあだ名を付けて、それがいつの間にかクラスだけじゃなくて学校に広まったせいで俺は学校に行けなくなって、アイツのせいだ、人が怖い、人の眼が怖いよ、部屋から出たくないよ、蝉の声がうるさいよ、固まった小学生の声が怖いよ、あいつ等が笑う、俺を笑う声が怖いんだ、この文章が最後まで書けたら、怖いものの正体が分かったらもしかしたら俺もって思って書き始めたのに、クッソ、あのクソババア、飯持って来るくらいしか能が無い癖に、俺に指図して良いと思ってんのか、俺だって俺なりに頑張ってんだよ、このまんまじゃダメだって思って、俺が出来る事からやって行こうと思ってたのにそれなのにアイツが母親がうるさいのが悪いんだよクソババア、ちょっと押した位で倒れやがってクソババア、母さん、白眼剥いて、母さんごめん、俺がこんな風になっちゃってごめん、部屋が暗い、母さん本当にごめん、どうしたら良いか分かんないよ、プゥンと漂うこの生臭い匂いは母さん?違う、部屋、押し入れの中から獣の様な息遣いが聴こえる、中に生き物なんて居る訳が無いのに、こわい、こわいいいいいい、母さんは死んでる、父さんは会社だ、俺は一人っ子だ、押し入れの中から幽霊なんて出て来る映画じゃない、現実、こわいよ母さん確認せずに逃げたいよ、逃げたいよおおお、手が震える、手汗が滲み出してるのが分かって気持ちが悪い、押し入れの両の取っ手をそれぞれに掴む、いやだあああ開けたくない、見たくない、でも見なきゃいけない気がする、俺はゆっくりと扉を外側に開く、絞り出す様な声が口から出てしまう「うわああああああ」「なんなんだよおおおおおお」


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