②教本についてより深く考えてみる~前編

ヴァイオリンを上手に弾くために押さえるべき数々の要素がありますが、現代では要素自体はどの教本をとってもほぼ共通のものです。主に違いはどのような順序で教えられるかということ、各要素を単体として教えるか或いは複数の要素のコンビネーションで教えるかといった整理分類と与え方の問題です。
これを教本の譜例を用いて読み解いていくと煩雑でマニアックになるので、今日は小学校一年生の国語の教科書を例にとってこのことを考えてみたいと思います。弦楽器の指導をする方は楽器レッスンの場合を想像して関連付けながら読んでみてください。

これは光村図書の教科書『こくご一 上 かざぐるま』より1ページ目の『いいてんき』です。1ページ目には「いい てんき」とだけ書かれ、このあとに4枚の絵が続き、最後のページに「いい てんき さあ いこう ひろい せかいへ とびだそう わくわくするね たのしいね」と文が現れます。

「いい てんき」という言葉は非常に簡単で、少し絵を眺めたら絵本の様にすぐにページをめくりたくなるかもしれません。(ヴァイオリンの教本の1ページ目の内容もシンプルな場合が多いですが)そこでしばし待って考えてみたいのは、このページを用いてどのように初めての国語の授業がされるのかということです。

教科書作成側の綿密なプラン

読み解くといえどこれほどシンプルだと、このページのみから見えるものは僅かですが、教科書全体の流れを把握してからこのページに立ち戻ると狙いが見えてきます。しかしここでは答えから見てしまいましょう。「編集趣意書」という教科書出版社の作成した「虎の巻」です。
教科書は学習指導要領の目標をカバーしていることが必須で、編集趣意書には、いかに学習指導要領を遵守しているかが説明されています。そこには単元ごとのポイントと「要領」に記載された目標との綿密な対照表が載っています。その上で大きな方向性、どの単元にどんなステップを設けているか、学習ペースの配分、どう楽しませたいか等といった点での独自性がアピールされています。そのほかにも教科書内の概ね全ての要素について、それらを設けた理由が詳述されています。教本には編集趣意書はないので、それを自分の目で見出す作業が大事です。やってみると少なからぬ時間がかかります。また対照表のようなものを一度作るのも非常に有益です。

実際の授業では?コロナ自宅学習用の動画にみられる「分解」と「情報共有」

『いい てんき』の大きな狙いについて、「小学校生活への不安をなくし、明るく元気な学年びらきができるよう…国語学習の扉を開いていきます。」(編集趣意書)とあります。それを実際に授業でどう扱うかについては出版社は示していません。
コロナ禍における休校措置を受けて、自宅学習のための動画が各地の自治体教育課などによって作られてYoutubeにアップされています。そこには『いい てんき』を扱った実際の授業の構成やテクニックを見ることができます。各動画の内容やスタイルに違いはありますが、共通ポイントはステップの順を追って以下の3つです。

  1. 絵を見て物の「名前」や「様子」を言う

  2. 主語に重点を置き、「誰」が何をしているかを言う

  3. 登場人物に成り代わり、その人の思っていることを言う

非常にシンプルなタスクを少しずつ段階を追って進めています。学習指導要領には上記のようなポイントではなく、もう少し大雑把な目標が記されています。「身近なことや経験したことなどから話題を決め,必要な事柄を思い出すこと。」「互いの話を集中して聞き,話題に沿って話し合うこと。」の二つがこの単元に対応していますが、そのための第一段階として授業ではここまで単純化したレベルのステップにまで「分解」しているのです。

また原文に主語が一つもないのに、主語に重点を置いた指導をしているのは面白いです。(教科書では「主語+述語」はしばらく後の単元に出てきます。)これは先生サイドの経験と判断が共有されてメソッド化されたものかもしれません。「要領」にも「趣意書」にも明記されていない幾つものポイントが、異なる自治体によって作られた動画に共通してみられるということは、何らかの形で指導上のノウハウの「情報共有」が学校教育の現場にはあるということではないでしょうか?

新旧の教本

少し話はそれますが、これは昭和8年~15年度に使われた『小学国語読本』(通称サクラ読本)です。初の色刷りの国語教科書で、桜の明るいイメージは『いい てんき』にも通ずるものです。また単語ではなく始めから文を教えるのは、画期的なことだったそうです。欄外には初出のカナが記されており、読みの習得に重点が置かれています。工夫が凝らされていて当時は高い評価を得ていました。

我々の使っているスタンダードの教本は、どちらかというとサクラ読本に近いかもしれません。『篠崎』が昭和18年、『鈴木』が昭和30年、『新しいヴァイオリン教本』が昭和40年。古いから即悪いという意味ではありません。

『サスマンハウス』など絵の綺麗な教本は比較的最近になって出てきていて評価されています。(個人的には内容をまだ吟味しきれていません。)音符が少なく絵のきれいなところは『いい てんき』に近いかもしれません。細かい説明書きがないだけに、使い方次第で大きな差を生みそうです。ただの絵本にしてしまわないように留意したいものです。

続く


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