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米国最新雇用トレンド②「Labor Hoarding(レイバー・ホーディング)」とは 〜企業による優秀な人材の囲い込み戦略〜

1.Labor Hoarding(レイバー・ホーディング)とは


米国の労働省が発表した2023年1月の雇用統計によると、失業率は3.4%に低下し、1969年5月以来53年ぶりの低水準となっています。

様々な要因があるものの、空前の人材不足に直面している米国で今熱い議論の対象となっているのが、Labor Hoarding(レイバー・ホーディング)です。Hoardingは「(食糧などの) 買いだめ、貯蔵」や「(建設現場などの) 囲い」を指す言葉です。つまり、このレイバー・ホーディングは、直訳すると「労働力の蓄積」のことであり、企業が人材不足を理由に従業員が辞めないように囲い込む現象を指しています。本稿では、

レイバー・ホーディング(人材の囲い込み)

と表現します。

このレイバー・ホーディングという言葉は、米国の経済学者アーサー・オークンが1960 年代に生み出した言葉で、現在改めて注目されているのです。不況に直面した企業が、業績が回復したときに人手不足になることを恐れ、必要のない従業員を維持することを指しています。また、需要が急増した場合や、病気や休暇などの理由で従業員が働けなくなった場合に備えて必要以上に労働力を確保しておく意味合いもあります。

「人材の囲い込み」というと、ポジティブにもネガティブにも使われる表現ですが、従来日本で使われてきた「リテンション」との違いについて、ChatGPTに 英語で質問した回答の和訳は以下のようなものでした。

レイバー・ホーディング(労働力の蓄積)リテンションは、組織が労働力を管理するために用いる2つの戦略である。労働力の蓄積は不足は、現在の需要に対して必要以上の労働者を確保することであり、労働力の維持は、既存の従業員の組織への関与を維持し、コミットメントを維持するための努力である。

労働力の蓄積は、需要が急激に増加した場合に柔軟に対応することができますが、短期的にはコストがかかります。リテンションは、離職率とそれに伴うコストを削減し、組織内の知識や専門性を維持することができます。

この2つの戦略には重複する部分もありますが、「労働力の蓄積」は必要以上の労働力を維持することに重点を置き、「リテンション」は従業員の満足度とモチベーションを維持することに重点を置いています。

ChatGPTより

2.レイバー・ホーディングに関する議論


2022年後半から、米国ではレイバー・ホーディングに関する様々な議論がなされている。人材を囲い込む戦略には、メリットとデメリットがあり、米国のさまざまな新聞やビジネス誌で取り上げられている。

1) レイバー・ホーディングのメリット

・急激な需要増に柔軟に対応できる
・人材維持のため企業がリスキリングに積極投資する
・新しい従業員の雇用と育成にかかる費用を回避できる
・景気後退期にも安定した労働力を維持することができる
・従業員のモラルを高め、離職率を下げることができる

肯定的な記事としてNew York Timesは、パンデミックの最中に企業は大量の従業員をレイオフし、一方で景気回復時に未曾有の人材不足を経験した反省から、企業は人員削減をせずに景気後退を乗り切ろうとこれまで以上に努力していると報じている。仮に今後景気減速が始まったとしても深刻な人材不足を背景に、労働者がレイオフされてもすぐにまた再雇用される可能性についても指摘している。

2) レイバー・ホーディングのデメリット

・短期的には必要以上に人件費が高騰する
・個人のキャリアアップの機会が制限される可能性がある
・生産性およびサービス等の品質が低下する
・向上心の減退を招き、市場環境の変化に対応できなくなる
・革新性と適応性を失い、競争力が低下する

否定的な記事としてBusiness Insiderは過去の統計をもとに、労働市場は遅行指標であるため、レイバー・ホーディングは需要低下に気づいていない企業が雇用を維持している状態であり、これからレイオフが始まる前兆だと警告している。


3.キャリア・クッショニングとレイバー・ホーディングの関係性

先月投稿した米国最新雇用トレンド①「キャリア・クッショニング」は、従業員が

「現在の仕事を続けながら『失業や将来の転職に備えるための事前準備』を行うこと」

を指していました。詳細をお知りになりたい方は以下をご参照下さい。

実は不安定な雇用情勢を企業も従業員も様子見をしている状態において、雇用主である企業の意図するレイバー・ホーディングと、雇用者である従業員が試みるキャリア・クッショニングは、一時的に利害が一致し、相互補完的な関係になっているように見えます。

企業側には、過度な人材不足に陥いる事態に備え、優秀な人材の維持のみならず余剰人員も囲い込もうとする意図が働き、そして従業員側には、テック業で広がっているレイオフを意識しつつ、失業や将来の転職に備えるための事前準備を行うために現在所属している企業で仕事を続けるのです。

そして企業は雇用維持のために積極的なリスキリングの機会を提供し、一方で従業員は来るべき決断に備えて自分を成長させるためにリスキリングに取り組んでいるのです。

現在の米国では、景気後退への様子見状態という消極的な理由と、自社や自分の成長のためのリスキリング機会というポジティブな理由が交錯し、ある種の緊張感が労使関係にあるように感じます。今後の日本の労働市場の動きを予測する上で米国の労働市場の動きは参考にすべき先行指標でもあり、改めて米国の雇用トレンドについて書いてみたいと思います。




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